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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#08:新年最初の電話

 広瀬先生と別れ、自宅へと車を走らせながら、俺は先程広瀬先生が言った事を思い出していた


『周りがどう思うかなんて今更だろ。今までだって仲良いとか、怪しいとか思う人もいれば、面白がってからかう人もいたし、全く無関心な人もいたんだから。やましいことがなければ堂々としていればいいし、責任を感じているのであれば誠実に対応すればいい。わざわざ恋人がいるなんて言う必要はないと思うけどな。そもそもクリスマスパーティーも年末年始のスキー旅行も参加している奴が、急に恋人がいるなんて言い出したら胡散臭くないか。前から話を聞いていた俺でも驚いた位だから、元カノがなんて説明するのもうっとうしいことだろ。お前のプライベートを(さら)すのは、話がややこしくなるだけだから。まぁ、岡本先生の思い込みだけはどうにもならないけどな』

 広瀬先生の言葉を聞いて、少し気持ちが楽になった。本郷先生から言われた『やっぱり愛先生の事、早急に皆の誤解を解いた方が良いんじゃないの?』と言う問いかけを、俺は随分気にしていたのかもしれない。

 思い込みの激しい岡本先生の話を聞かされている本郷先生が、そんな風に思うのは仕方の無いことだけれど、俺のプライベートを曝すのはやっぱり違うんじゃないかな。

 広瀬先生の言うように誤解を解くのは俺の態度次第だと思う。愛先生の送迎は俺の責任の取り方で、それ以上でもそれ以下でもない。もう一度自分の立ち位置をしっかりと心に納め、この件はもうこれ以上悩むのはよそうと決めた。


 予定よりずっと早く帰って来たので、夕食を済ませても自宅に着いたのはまだ19時過ぎだった。一息つく前にお風呂のスイッチを押した後、洗面所の鏡を見てギクリとした。随分疲れた顔をしている。俺は自分の顔を見て、大きく息を吐き出した。

 疲れた顔を見たせいか、一気に疲れが出たような気になり、台所でコーヒーを入れると居間のソファーにドカリと座った。

 そう言えば年が明けてから、まだ実家へ電話もしていないと思い出し、ポケットから携帯を取り出す。その時になってようやく、あいつからメールが来ていた事を思い出した。 

 年が明けた元旦の朝、あいつからのメールに気付いたが、周りに皆がいたため後から見ようと思っていたら、あの衝突未遂事件ですっかり頭の中から消えていた。

 メールを表示させると、お供え餅の写真とあけましておめでとうの言葉。それを見て少し気持ちが緩んだ。けれど、どうしてあの時見なかったかと悔やまれる。もう2日の夜だ。今更おめでとうのメールを送るのも申し訳なくて、とにかく電話をしようとあいつの番号を表示した所で時間に気付いた。

 19:38……携帯の画面上部に表示されているデジタルのその数字を目にして、発信ボタンを押すのを止めた。今の時間はまだ拓都が起きている。俺は再び大きな溜息を吐いた。

 お風呂が沸きましたとボイラーのリモコンが告げると、とりあえずお風呂に入ろうと立ち上がる。そして温かいお湯につかり、ようやく張りつめていたものが緩んだような気がした。

 

 お風呂からあがると再び実家への電話がまだだったことを思い出しコールする。

「明けましておめでとう」

「あ、慧君。明けましておめでとう。スキーに行ってたんだって? どうだった? 美緒ちゃんも行ったの?」

 義姉のテンションの高い質問攻めに辟易としながら、俺は「職場の同僚と行ったんですよ」と返事をする。

「えー年末年始に美緒ちゃん達と過ごさないの? やっと元に戻れたのに」

 この前説明したのにと思いながら「拓都の担任が終わるまでは逢わない事にしてるんだ」と答えれば、「慧君は固いわね」と返されてしまった。

 その後、兄に電話を代わり姪と甥がお年玉を待っていると催促され、母にも今度の連休には顔を見せなさいとやんわり命令され、週末の三連休は帰省する事になった。

 

 電話を切ってもまだ時間は20:26で、あいつに電話をするには早い。テレビの電源を入れてみれば、お正月特番のお笑い系タレント総出のバラエティ番組が映し出された。

 見るとも無く見ながら、あいつにメールの返事をしなかった事や年が明けたのに電話すらしなかった事をどう言い訳しようかと悩む。今回の衝突未遂事件には触れたくないと言う思いが、余計に言い訳への悩みを深める。

 同僚達との関わりとあいつとの関わりは、俺の中でまったく別次元の話だから、あちらでの話をこちらへ持ち込みたくないと言う思いが強い。

 けれど本当は、女性も一緒に旅行に行ったと言えなかったやましさが、その女性に怪我をさせてしまったと言い辛いからかも知れない。

 それとも俺の中であいつに誤解させる何かに繋がりそうな恐れがあるのかも知れない。

 情けないな。

 それでもやっと取り戻した運命の人を、二度と手放したくない。誤解なんかですれ違いたくない。

 俺は陽気にはしゃぐ画面の中の人々を見つめながら、物思いに耽っていた。


 お正月だから、拓都の就寝時間はいつもより遅いかも知れないと思い、22時を過ぎるのを待ってからあいつに電話を繋げた。

「もしもし」

 あいつの焦ったような声が聞こえ、思わず「美緒? 大丈夫か?」と挨拶も忘れ問いかける。

「慧、おかえり」

 大丈夫の返事の代わりに言ったお帰りの言葉が、現実を思い出させた。

「ああ、ただいま。昨日は連絡できなくてごめんな。あっ、メールもありがとう」

「あっ、そうだった。慧、あけましておめでとう」

「あけましておめでとう。俺も忘れてたよ」

 電話もメールもしなかった訳を特に訊かれる事も無く過ぎ、やっと安堵して新年の挨拶を交わす。


「そうそう、年賀状ありがとう。こちらからも拓都の顔写真入りの年賀状で自宅の方へ出しておいたよ」

「エー、こっちにも年賀状を出してくれたんだ? ありがとう。子供達からの返事は期待してなかったんだけど……嬉しいよ」

 早い目にクラスの子供達全員に年賀状を出したから、必然的にあいつの自宅へも届いたようだ。あの頃はもう一度こんな風になれると思っていなかったから、あいつ宛には出していなかった。

 こちらへも年賀状をくれた事は嬉しかった。きっと、もう一度こんな関係にならなくても、あいつの事だから律儀に返事は出してくれたのだろうけれど。


「帰り、渋滞しなかったの?」

 いきなり話題がスキー旅行の話になり、少し心拍が上がった気がした。

「ん……渋滞する前に帰ってきたから……早い目に出てゆっくり帰ってきたんだよ。こちらに来てから夕食を食べたぐらいの時間だったから」

「へぇ~そんなに早く帰ってきたんだ? スノボは楽しめた?」

 あいつの問いかけに、ますます心拍が上がる。普通の問いかけなのに、ギクリとしてしまうのは、やましさがあるからなのか。

「まあまあ滑れるようになったかな? 楽しかったよ」

 当たり障りの無い返事をしたつもりだったけれど声の調子が違ったのか、「ねぇ、慧、疲れてる?」と気遣われてしまった。もう疲れている事にしてしまおうと、「えっ、ああ、そうだな。ごめん。疲れてるみたいだよ」と答える。

 今の俺はどう言えばあいつを安心させられるのかわからない。それなら時間を置いたほうがいいかもしれないと自分に言い聞かせる。

「こっちこそごめんね。疲れてるのに電話してもらって……ゆっくり休んでね」

「美緒、悪い。また連絡するから……本当にごめんな」

 あいつの優しさに付け込んで電話を終わらせる。やっぱり俺はまだまだだな。心配掛けたくないのに、結局心配させている。

 自分の情けなさにまた大きく嘆息した。


 こんな情けない俺を知られたくない。そんな思いで電話を切った後、俺は頭を抱えた。

 年上で苦労を乗り越えてきたあいつに相応しくあろうと、無理をしているだろうか。以前も多少はあいつに合わせて背伸びしている部分があったけれど、いつの間にか二人でいる事が自然になり感じなくなった。

 自分の心の奥底に、あいつが再び離れていくんじゃないかと言う恐怖がある事はわかっている。でもその事は考えたくない。それに俺がこんな風に感じる事で、あいつに罪悪感を持って欲しくない。

 どこか矛盾した気持ちを持て余し、沈みがちな気持ちを抱えて、その夜はなかなか寝付けなかった。

 



 

慧がますますヘタレになって、すいません。


2016.4.4 最後の方の『こんな情けない俺を知られたくない。』から以下を追加しました。


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