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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#07:怪我の償い

 翌朝は予報通り、夜半からの雪が吹雪いていた。かなり雪も積もったみたいで、出発する頃には車のタイヤ部分をスコップで掘り出さなければならなかった。

 道は除雪されているので心配する事も無く、スキー場やロッジのある山の上から麓まで降りてくる頃には、太陽が顔を出した。吹雪いていたのは山の上だけだったようだ。


 帰り道は順調だった。高速のサービスエリアに何度か寄り、名物を買ったり食べたりと女性達は楽しそうだった。愛先生も少しは気が紛れただろう。


 それにしても、愛先生の骨折は左手とは言え不自由だろう。すぐに仕事も始まるし、3学期も始まる。授業は補助の教師が居るが、それでも大変に違いない。自分の事をするだけでも片手では不便なのだ。だからと言って、仕事を休む事と言う選択肢は無いだろう。

 俺は愛先生への償いのために何ができるだろうかと、小さく嘆息した。

 何よりまず運転ができない。とりあえず今日は送って行けばいいが、その後の通勤はどうするか。愛先生の自宅は俺の通勤途中だから、行き帰りに俺が乗せていく事も選択肢の一つだ。

 ただ、それを愛先生が素直に受けてくれるかどうか。

 

 運転を広瀬先生に任せ、助手席で一人思案していると、後部座席に座っている女性3人の会話が耳に入った。広瀬先生がいつもよりやけに静かに運転しているのも、後ろの3人の会話に耳を傾けているせいか。


「ねぇ、愛ちゃん、帰りどうする? 私送っていこうか?」

「ありがとう。でも、お母さんが迎えに来てくれるから、大丈夫だよ」

「車はどうするの?」

「お姉ちゃんも一緒に来て、運転して行ってくれるみたい」


 あ……迎えに来てもらうのか。先に送っていくと言っておけば良かった。ご家族にも迷惑を掛けてしまう事が申し訳なかった。でも、今更言っても遠慮されてしまうだろうな。


「ギプスが外れるまで一ヶ月ぐらい掛かるでしょう? その間学校まではどうするの?」

「う~ん、そうだよね。車の運転は無理だろうから、バスかなぁ」

「愛ちゃん家は近くにバス停ってあったっけ?」

「国道まで出ないと無いから、お母さんが仕事へ行く時にバス停まで乗せてもらうかな」

 金子先生と岡本先生が交互に愛先生に質問をしているのを聞いて、俺は思わず振り返った。


「大原先生、大原先生の家は通勤途中だから乗せて行きますよ」

 後先考えずに先程思案していた選択肢を思わず口にしていた。女性達が驚いた顔でこちらを見る。隣からも「守谷」と戸惑い気味の声が掛かった。

 広瀬先生の方を見ると、『いいのか?』と問いかけるようにチラチラとこちらへ視線を向けられる。今更言ってしまったものは仕方ない。それに、それぐらいしか償いようが無い。


「守谷先生がそうしてくれたら安心です。愛ちゃん、乗せて行って貰いなさいよ」

 嬉しそうに言う岡本先生を見て、又思い込みを助長させたかもしれないと、一瞬脳裏を過ぎる。それでも……。

「そこまでしてもらう訳には……守谷先生、そんなに責任を感じなくても良いんですよ」

 やはり愛先生は予想通り遠慮する。さて、どう言えばいいのか。


「いや、倒したのは俺だから、せめて運転できない間送迎ぐらいさせてください」

 もう一度お願いすると、愛先生は困惑したような顔をした。

「愛先生、守谷先生も送迎する事で気持ちが楽になるだろうし、愛先生も助かるのだから、お互いに助かると言う事でそうしたらどう?」

 金子先生が落ち着いた口調で言うと、岡本先生も「そうそう」と大きく頷く。それでも愛先生はまだ考え込んでいた。


「愛先生、俺も守谷と交代で送迎しようか?」

 突然広瀬先生がそんな事を言い出した。

「何言ってるんですか! 広瀬先生は学校から近いのに」

「でも、守谷一人に迷惑を掛けると思って遠慮するなら、二人だと分散されるかなと……」

 最初、広瀬先生の言っている意味がわからなかった。でもそれが、岡本先生の思い込みを軽減させるためだと気付いた。

 皆は広瀬先生の意味不明な言い訳に笑い出した。

「広瀬先生、お気持ちは嬉しいけど、わざわざ遠くまで来て頂くのは申し訳ないので、守谷先生にお願いします。守谷先生、通勤途中と言っても国道から入って貰わないといけないので申し訳ないけど、お言葉に甘えます。宜しくお願いします」

 皆の笑いに少し気持ちが軽くなったのか、愛先生が広瀬先生と俺にそう言うと、ぺこりと頭を下げた。


      *****


 あちこちのサービスエリアに寄ってゆっくりと帰ってきたからか、谷崎先生の自宅に着いたのはもう夕方近かった。

 愛先生のお母さんとお姉さんはすでに到着して待っていてくれた。俺は真っ先に今回の怪我のお詫びをするために愛先生と一緒に傍へ行った。

「今回は大原先生を骨折させてしまいまして、申し訳ございませんでした」

「いえいえ、愛から守谷先生には助けて頂いたと聞いています。この子の運動不足のせいで上手く倒れられなかったからですから、気になさらないで」

 ニコニコと受け答えする母親に、これは自分のせいだと言い張っても仕方ないと諦めた。それにしても、運動不足って……と突っ込みたくなったが、今は頭の中から追い出した。

「いえ、あの……それで、大原先生のご自宅は私の通勤途中なので、運転できない間送迎させて頂く事になりましたので宜しくお願いします」

 俺が頭を下げると、母親は「そうなの?」と愛先生に尋ねている。愛先生が頷くと母親はこちらを向き直り「助けて頂いた上に、又お世話になるそうで、ありがとうございます。私も仕事があり送迎できないので、助かります」と深々と頭を下げられた。

「いえいえ、通勤途中なのでついでですから、そんなに気になさらないでください」

 丁寧にお礼を言われると恐縮してしまう。


「守谷先生だったかしら? 愛の姉です。愛がいつもお世話になっています。私も実家を離れて仕事をしていますので、守谷先生には本当に何から何までお世話になって、申し訳ありません。今後もどうぞよろしくお願いします」

 愛先生にどこか似た女性が、母親と同じように深々と頭を下げた。

 こんな風に愛先生の家族から頭を下げられると、愛先生とは距離をとらなければと思っていたはずなのに、かえって近づき過ぎているのじゃないかと複雑な気持ちになった。

 それでも俺には責任がある。これは償いだから、今しばらくは距離をとる事は保留にするしかない。そう自分の中で折り合いをつけ、「こちらこそ、よろしくお願いします」と頭を下げた。


         *****


 その後解散して、それぞれの車で家路に着く。帰る前に広瀬先生から一緒に夕食を食べようと誘われて、付いて行く事にした。他の人には声を掛けていないようだったので、話したい事があるのだろう。その内容が何と無く想像がついて、俺は胸の中で苦笑した。


「守谷、本当に良かったのか?」

「え? 何がですか?」

「だから、愛先生の送迎の件だよ」

「それは俺の責任ですから」

「守谷に責任があるわけじゃないよ」

「いや、あれは過失致傷ですよ。悪気が無くても自分の行動によって起こった結果には責任を持たないと」

「まあ、それが守谷らしいけどな」

 広瀬先生は一つ溜息をつくと、そう言って苦笑した。

 仕事帰りに良く行くラーメン屋でいつもより早めの夕食をとりながら、送迎の件を念を押すように尋ねた広瀬先生は、「都合がつかない時はいつでも代わりに送迎するから、無理はするなよ」と彼らしい言葉で締めくくった。


「それよりも、おまえが愛先生のお母さん達に挨拶しているのを、岡本先生が『まるで親に彼を紹介しているみたいね』って言ってたぞ。あれは、俺が見てもそんな雰囲気にみえたよ」

 はぁー、やっぱりかと内心嘆息する。岡本先生の思い込みを助長させるとは思っていたけれど、他にも誤解させたかもしれない。

「本人が誤解してなかったらいいですよ」

「本人はわからないけど、お母さんとお姉さんは誤解したかもね」

「だからと言って、何も訊かれていないのにこちらから彼女がいますと言うのも変でしょう?」

「それはそうだけど、行き帰りに車と言う密室に二人きりになるんだから、変な気は起こすなよ」

「当たり前じゃないですか」

 いつもの広瀬先生のからかいだとわかっているが、少々ムカッとした。どうやら顔に出ていたのか、広瀬先生は苦笑しながら謝ってきた。

「悪い、悪い。それでも、基本おまえは優しいから、ちょっとした気遣いが相手を誤解させる事だってあるからな」

 そうやってからかいながらも俺を心配してくれる広瀬先生の方が優しいですよと、心の中で呟きながら「肝に銘じておきます」と答える。

「まあ、思い続けた彼女と上手く行ったばかりの守谷には、余計な忠告かもしれないけどな」

 そう言って笑う広瀬先生に、少しでも安心して欲しくて「そうですよ」と笑って返した。

 



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