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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#06:スキー旅行【後編】

「危ない!!」

 俺と愛先生の所へ突っ込んで来たスキーヤーを避けるため、とっさに俺は覆いかぶさるように愛先生を押し倒していた。

 突っ込んで来たスキーヤーは、俺の行動に驚いたのか、直前で転びそのまま滑って俺の身体にぶつかって止まった。

「大丈夫ですか?」

 身体を起こしてそのスキーヤーに声をかけると、「ごめんなさい。そちらこそ大丈夫でしたか?」と座り込んだまま申し訳なさそうだ。

「こちらは大丈夫だから、気をつけてください」

 ぶつかったと言っても、転んでからだったのでスピードも無く、痛みもたいした事ない。俺はボードのバインディングを外して立ち上がった。

「大原先生は大丈夫ですか?」

 雪の上とは言え、押し倒されたからどこか怪我をしているかもしれない。

 身体を起こし「大丈夫です」とニッコリ笑った愛先生を見て安心すると、俺は転んだスキーヤーが外れたスキー板を着けるのを手伝い「ありがとうございます」と滑り降りて行くのを見送った。

 まだ初心者なのに、一緒に滑っていた友人が先に行ってしまったので焦ったらしい。


「愛ちゃーん。守谷先生、大丈夫?」

 遅れて来た岡本先生が焦ったようにやって来た。さっきの衝突を見たようだ。

「大丈夫です。たいした事にならなかったので良かったです。ねっ、大原先生」

 そう言って愛先生の方を見ると、彼女はまだ立てずにいた。どうやら片足のスキー板は外れ、もう片足は着いたままだったので、初心者の彼女には立ち上がり難いようだ。ましてや斜面なので、なおさら難しいようだった。


「大原先生、とりあえずこちらのスキー板もはずしましょう」

 そう言って愛先生のビンディングをはずしてあげ、立ち上がるのに手を貸した。その様子をニヤニヤしながら見ていた岡本先生が、「私、お邪魔の様だから、先に行くわね」と言い出す。

「香住ちゃん、何言ってるの。待ってよ。一緒に行くから。守谷先生、すいませんでした。後は大丈夫ですから、先に行ってください」

 愛先生は、焦って岡本先生に言うと、こちらへも気を遣って頭を下げた。

「大丈夫ですから、みんなで一緒に行きましょう」

 あんな事のあった後に初心者2人を置いて先に行くのは心配で、俺は笑顔で言葉を返した。そして、愛先生がもう一度スキー板を着けるのを手伝った。


「大原先生、左手、痛いですか?」

 彼女が左手首の辺りを右手で庇う様に触れているのを見て尋ねた。ストックも持ち辛そうだ。

「ちょっと……。さっき倒れた時にとっさに左手を地面に突いたからかな」

「俺がいきなり押したせいだ。すいませんでした。下まで滑れますか? ひどいようなら病院へ行かないと」

 いくら雪の上だからと言っても、いきなり倒されれば思わず手を突くのは、自然な事だ。

「だ、大丈夫です。ゆっくり滑っていきますから。病院なんて大げさです。スキーセンターの救護室でシップか何かもらえれば……」

「愛ちゃん、手を突いて捻挫や骨折する人もいるから、痛いなら軽く考えちゃダメだよ」

「うん、わかってる。大丈夫だから」

 2人のやり取りを見ながら、とにかく下まで降りるのが先決だと、俺もボードを装着する。そして、二人がゆっくり滑り出した後を、様子を見ながら付いていった。


 少し滑り降りると、合流地点ですでに上級者コースへ行った3人と金子先生が待っていた。

「随分遅かったな」

 かなり待たせたようで、簡単に衝突未遂の件と愛先生の左手首負傷の説明をした。

「大変だったんだな。それで、愛先生は左手首の痛みはどうなの?」

 広瀬先生が心配そうに愛先生に声をかけた。

「心配かけてすいません。少し痛いけど、大丈夫です」

 愛先生は少し眉を下げて、申し訳なさそうに答えた。

 とりあえず下まで行こうと言う事で、金子先生と山瀬先生が緩やかな斜面を選んで先導する後を、愛先生と岡本先生が付いて行く。その後ろをボード組も付いて行った。

 愛先生の滑る様子を見ていると、左手をかばっているようにも見え、やはりかなり痛くなってきているんじゃないだろうかと思う。


 どうにかスキーセンターの前まで戻ってきた時には、愛先生の表情は痛みを耐えているように見えた。

「大原先生、かなり痛くなってきているんじゃないですか?」

 俺が思わず問いかけると、「ええ、ちょっと……」と答える愛先生は、かなり辛そうだ。

 もしかすると骨折してるのか?

 あの時、もっと違う衝突の避け方があったんじゃないだろうかと、後悔の念が脳裏を過ぎる。

 そんな事より病院へ行くのが先決だ。そう思って声を掛けようとするより先に、岡本先生が愛先生に声を掛けた。

「愛ちゃん、もしかすると骨折してるかもしれないから、とりあえず救護室へ行こう」

 岡本先生が心配そうに愛先生を救護室へと促す。その後を皆でぞろぞろと付いて行った。


「守谷が悪いわけじゃないから、余り気に病むな」

 皆で救護室の前で待っている間、俺は一人後悔と責任について考え込んでいると、広瀬先生の言葉で顔を上げた。皆も「そうだ、そうだ」と慰めるように言ってくれる。そんなに思い詰めた顔をしていたのかと、自分が情けなくなった。

「心配かけてすいません。でも、俺のせいですから……」

 

 その時ドアが開き、岡本先生と愛先生が出てきた。愛先生の左手首は固定してアイスパックで冷やしている状態だ。応急処置をしてもらったのだろう。

「やっぱり骨折しているみたい。休日診療の当番病院を教えてもらったから、守谷先生連れて行ってくれる?」

 岡本先生が愛先生の代わりに言った。愛先生は申し訳なさそうに、小さく「すいません」と謝った。

「俺の方こそすいませんでした。すぐに行きましょう」

 レンタルしたボードやスキー板を後の四人に任せて、岡本先生と愛先生を乗せて、当番病院へと向かった。


 お正月だと言うのに病院は、待っている病人と付き添いが何組かいる。待合で空いた椅子に座ると、俯きがちな愛先生がポツリと言った。

「私のせいでせっかくのスキー旅行なのに……すいません」

「何言ってるんですか。俺のせいなのに。衝突を避けるためとは言え、いきなり倒してしまったから……本当にすいません」

「もう、二人とも……そんなに仲良く謝り合って、私を除け者にしないでよ。誰が悪いわけでもないんだから、起こってしまった事は仕方ないでしょ」

 謝り合う俺達を岡本先生が明るく諭す。今はちょっと岡本先生の空気の読めない明るさに救われたような気がした。


 愛先生が処置室へ入ってから随分経った頃、彼女はギプスで固めた左腕を三角巾で釣った状態で現れた。

「どうだった?」

 岡本先生が尋ねると愛先生は「ポッキリとは折れてなかったけど、ひびが入ってるって。これも骨折のうちなんだって」と少し恥ずかしそうに笑った。

「その程度で済んでよかったね」

 岡本先生も安心したように笑った。

 俺も同じようにホッとし、「本当に、酷い骨折じゃなくて良かった」とやっと気持ちが浮上した。


  *****


 その後、ロッジで皆と合流すると、皆も酷い骨折じゃない事に安堵したのか、笑顔になった。その夜は、愛先生が怪我をしている事もあり、食事の後の宴会も控え、男女それぞれの部屋へと戻った。

「なぁ、明日はどうする?」

 谷崎先生が思案顔で皆に問いかけた。

「なんだかスノボする気分になれないよな」

 広瀬先生も思案顔で答えた。山瀬先生も頷いている。

 骨折した愛先生をおいてスキーやスノボを楽しむ気分には、皆なれないのだろう。

 その時ドアをノックする音が聞こえた。出てみると岡本先生だった。


「突然すいません。明日の事だけど、愛ちゃんを早い目に帰してあげたほうがいいと思うの。スキーをせずに帰るのはダメかな」

 岡本先生は部屋へ入ってくると、皆に訴えた。

「ああ、俺達もそう思っていたところだよ」

 広瀬先生がそう答えると、皆も同意したように頷く。

「でも、大原先生が自分のせいで皆がスキーをできなくなったって自責の念にかられるんじゃないかな」

 俺はこの提案には賛成だったが、ふと愛先生が病院で言った『せっかくのスキー旅行なのに、すいません』って謝っていた事を思い出した。


「さすが守谷先生。愛ちゃんの気持ちが良く分かってる」

 岡本先生の嬉しそうなリアクションに、俺は拍子抜けしてしまった。

「誰だって思う事ですよ。それに大原先生が病院で言っていたんですよ」

「そうそう、病院でも二人仲良く話していたものね」

 俺はニコニコ話す岡本先生の言葉に驚くばかりだ。病院で空気の読めない明るさに救われたと思ったが、やはりこの人の思い込みは、危険すぎる。

「まあまあ、岡本先生、守谷をそんなにからかわないでやってよ。守谷が言うように愛先生なら責任感じそうだしね。だから、そのフォローを岡本先生と金子先生に頼んでも良い?」

 広瀬先生が俺に目配せすると、岡本先生との間に入ってくれた。

「もちろんそれは任せて。それに、明日は吹雪くらしいから、お天気のせいにしてもいいしね」


 笑顔で岡本先生が去って行った後、谷崎先生と山瀬先生が俺を見てニヤニヤと笑った。

「守谷先生、やっぱり愛先生と良い感じなんだ?」

「何言ってるんですか。大原先生の事は同僚としての気持ちしかありませんよ。だいたい俺には……」

 二人のにやけた顔と言葉にムッとして、怒ったように言い返したが、途中で広瀬先生が口を挟んだ。

「守谷をからかうのは勘弁してやってよ。今回は怪我をさせたと思って親身になってるけど、愛先生の事は本当に同僚以上の気持ちは無いみたいだから」

 広瀬先生が苦笑気味に言うと、谷崎先生が「悪い悪い、守谷先生はいじりがいがあるから、つい……」と笑いながら言うのに合わせ、山瀬先生まで「そうそう、守谷先生はそれだけ愛されてるんだよ」などと言うから、怒れなくなってしまった。一番年下の俺は先輩達にいじられるのはセオリーなのか。

 後から広瀬先生にこっそりと「おまえ、彼女の事を言おうとしただろうけど、又からかわれるネタを提供するだけだぞ」と忠告された。




骨折について、経験が無いのでネットで調べた事と想像で書いています。おかしな点がありましたら、教えてくださると嬉しいです。多少の違和感はスルーでお願いします。

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