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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
59/85

#59:あの虹の向こう側へ

「えっ? 美緒が好きになった奴とは、付き合わなかったんですか?」

 俺は本郷さんの言葉に耳を疑った。

 あいつが付き合ったのは俺以外いないと言うのは本当なのか?

 本郷さんが知らないだけじゃないのか?

 本郷さんは俺が驚いて問いかけた言葉に顔をしかめた。 


「美緒の事より、守谷君はどうなのよ。愛先生といい感じだって聞いてるわよ」

 俺が責めるように訊いたせいか、本郷さんは反撃のように痛い所を突いて来た。

 俺はあいつの事を訊きたいのに……どうして今そんな事訊くかな。

 どう答えようか思案している中、本郷さんの視線が痛い。

「愛先生とは、皆で遊びに行ったりする仲間ですけど、それだけですよ」

「本当に? 二人でデートしてるって聞いてるけど?」

 さらりと答えたつもりなのに、色々情報を掴んでいるようで、さらに突っ込まれてしまった。

 小学校へ来てからまだ一ヶ月もたっていないのに、どうしてそこまで情報通なんだよ。

「デートって……バスケの試合を見に行っただけです。俺は中学高校とバスケをしてたし、愛先生も高校大学と男子バスケのマネージャーをしてたらしくて……それで良く話をしてて、話の流れで愛先生の大学のバスケの試合を見に行く事になって……最初は皆で行くと思ってたから、待ち合わせの場所で二人だけだと知って驚いたぐらいで……」

「でも、その後も二人で出掛けてたんでしょう?」

「まあ……でも、バスケの試合だけですよ。それに、それも今は断ってるし……」

 説明しても尚ツッコミを入れてくる本郷さんにタジタジになりながらも、俺は言い訳を続けた。

 一時は気持ちが揺れた事もあった手前、どうにもバツが悪くて、本郷さんを真っ直ぐ見られない。


「ねぇ、愛先生って美緒に似てるよね? だから?」

「本郷さん、もう堪忍してくださいよ。愛先生とはただの同僚なんだから……」

 一番痛い所を突かれ、俺は白旗を振った。

「守谷君、あなたはそれでいいかもしれないけど、周りの皆は守谷君と愛先生がいい感じで、上手くいけばいいと見守っているし、岡本先生なんか守谷君が愛先生を好きだと思い込んで、一生懸命愛先生の背中を押してるのよ。それに、愛先生自身もどこか期待してると思うし……それは、今まで周りの皆に冷やかされても否定してこなかったからじゃないの? それとも、本当は愛先生の事が好きなの?」

 俺は驚いた。本郷さんにここまで知られているとは、正直思っていなかった。やっぱり本郷さんは簡単な言い訳では誤魔化せないようだ。

 あいつの事を知りたかったら、全て正直に言わないと無理なのだろう。俺は大きく嘆息すると、真っ直ぐに本郷さんと対峙した。

「本郷さん。正直なところ、一時期は皆が思うように愛先生とそんな仲になってもいいかなって思った事もありました。でも、心のどこかで、美緒と愛先生を重ねているだけだって気付いていたから、自分から積極的になる事も出来なくて……愛先生の気持ちも何となく気付いていたけど、彼女が何も言ってこないから断る事も出来ないし、最近はできるだけ二人きりで話さないようにしてるんだけど……」


「そう、それなら、周りの皆にもはっきりと言って、誤解を解かないとだめだと思うよ。そうじゃないと愛先生が可哀そう過ぎるもの」

「そうですね、誤解を解くように頑張ってみます。それより、さっき言ってた美緒が付き合ったのは俺だけだって言うのは、本当なんですか?」

 愛先生の話をどうにか終わらせ、俺はもう一度あいつの事を訊いてみた。

「守谷君、それを訊いてどうするの? あなた達が別れてもう3年以上の年月が経って、美緒には拓都君がいるし……」

 本郷さんの指摘はもっともだと思う。でも、もうそんな事で諦められるような想いじゃないんだ。

「分かっています。でも……美緒と拓都の力になりたいんです。今更だけど……美緒はまだその男の事が忘れられないのかもしれないけど……今、美緒を助けてあげられる男性が傍にいないのなら、俺が何か力になれたらって……」

「美緒は別の人が好きになったって、あなたを振ってるんだよ。それでも許せるの?」

 許す?

 それは心変わりした事をと言う事だろうか?

「許すも何も、今更ですよ。再会してから今まで、少しずつ今の美緒の事を知るようになって、拓都の子育ても頑張っているのも知ってるし、仕事も、家の事も、それからクラス役員まで頑張ってくれているのをずっと見て来たんです。でも、美緒は肝心な事は何も話してくれないし、拓都がだれの子供なのかも分からなくて、ずっといろいろ考えてきました。拓都がお姉さんの子供だって知らなかったから、拓都の父親の事を忘れられないのだろうかとか思って、俺は近づいたらいけないと思っていました。だけど、お姉さんの子供だと分かったら、美緒が付き合っていた奴は、美緒が一番大変な時に助けてやらなかったのかと思うと悔しくて……でも、付き合っていないのなら、仕方なかったんですね。お姉さんが亡くなったのは、付き合う前だったんですか?」

 本郷さんの心配など、俺にとってはどうでもいい事だった。あの別れの辛さよりも、再会してからのあいつを見て来て、改めて俺のあいつへの想いがゆるぎないものだと自覚したのだから。だから、頑張っているあいつの少しでも力になりたいと思ったし、母親だけでは足りない部分を俺で補えるのならと……。

 俺は勢い込んで訴えた。あいつに繋がる本郷さんに俺の気持ちを分かってもらいたい一心だった。あいつと別れてから3年以上溜め続けたこの想いを知って欲しかった。

 ただ、ネックは俺よりも好きになったと言う男の事だ。あいつはまだその人の事が好きなのか。どう言う経緯があったのかは知らないが、現状はあいつの傍に誰かが居る気配はない。俺が気付かないだけで、本当は付き合い続けているのだろうか? それなら、拓都のキャッチボールの相手ぐらいできるだろう。拓都にパパが欲しいなんてお願いさせなくても。

 

「守谷君、そうじゃないのよ。美緒の好きな人が出来たって言うのは嘘なの。美緒のお姉さん夫婦が亡くなって拓都君が残された時、美緒はまだ学生だった守谷君を巻き込みたくないって、わざと嘘を吐いて別れたの」

 急に本郷さんの態度が変わった。そしてその話す内容はあまりにも衝撃過ぎた。

 …………嘘?

 …………俺のために吐いた嘘だと言うのか?

 俺は茫然と本郷さんを見た。心に押し寄せてくる感情が怒りなのか、喜びなのか、よく分からない。

「嘘って……じゃあ、美緒は心変わりした訳じゃなかったんですか?」

「そうでも言わないと、あなたと別れられないと思ったみたいね。守谷君を裏切ったから、もう二度と恋はしないって言ってたわ」

 本郷さんの話に驚きながらも、俺はある事に気付いた。

「もしかして、お姉さん夫婦が亡くなったのって、別れ話を言われた直前の、俺が実家へ帰っている時でした?」

「そうみたいね。守谷君が実家へ行ってたから亡くなった事は知らないって言ってたから」

「嘘だろ? 俺が実家へさえ帰らなければ……クソッ!」

 さっきまで俺の中で渦巻いていた感情が、怒りとなって自分自身を責め始めた。

 悔しい、悔しい、あいつが一番辛い時に傍に居てやれなかったなんて……。

「守谷君、落ち着きなさいよ。もうすべて過去の事なんだから。あなた達は又再会できたじゃないの。これからの事は二人の気持ち次第でしょう。もうあなたは学生じゃないんだから」

 本郷さんの言う事は分かるが、俺はもう一度3年前の実家へ帰る前に戻してほしい。こうなる事が分かって居たら、あんなに長く実家へは帰らなかった。でも、あの頃に戻っても、先の事は分からないから、あの別れは運命だっただろう。それなら、この再会も運命なのか。

「本郷さん、美緒は今も二度と恋はしないと思ってるんですか? 俺と別れた後、本当に誰とも付き合っていないんですか? 好きな人もいないんですか?」

 俺は又勢い込んで本郷さんを質問攻めにする。そんな俺を本郷さんは呆れたように見た。

「守谷君、今の美緒の気持ちは自分で確かめる事。それに、自分の気持ちもきちんと伝える事。私に言えるのはここまでだよ」

 本郷さんに釘を刺されて、俺は口を閉ざした。ここから先は自分で乗り越えないとダメだよな。

 俺は伝票を持つと立ち上がった。

「本郷さん、ありがとうございました。俺は諦めません。絶対に美緒と拓都を幸せにします」

「なあに? 私、美緒の保護者じゃないんだけど。まるで結婚の許しを請いに来たみたいに……。美緒は頑固だから大変だと思うけど……まあ、頑張って」

 俺は本郷さんにもう一度頭を下げると、その場を去った。



 家に帰ってからも、さっき聞いた本郷さんの話がグルグルと頭の中を駆け回っていた。

 あいつは俺より好きな人が出来た訳じゃなかった。

 この事実がじわじわと俺の心を暖かくしてゆく。

 あいつが嘘を吐いてまで俺と別れた経緯は、何となくあいつの性格を考えると分かる気もする。だからその事に対する怒りは無かった。それよりも、あいつの辛さを分かち合えなかった事が悔しかった。

 本郷さんの言うように、もう過ぎた事だ。それよりも今だ。あいつは今、俺の事をどう思ってる?

 その時不意にあの病院での拒絶を思い出した。

 もう俺に対する想いは無くなってしまったのか。

 やはり過去の男でしかないのか。

 あいつの心にはもう別の誰かが居るのか。

 再び今までと同じような疑問がいくつも頭の中に浮かぶ。3年前は他に好きな人が出来た訳じゃなかったけれど、その後は分からない。本郷さんは自分で確かめろと言ったけれど……。

 温もったはずの心が、また少しずつ冷え始めた。

 そう言えば、西森さんがあいつの携帯の待ち受けは虹の写真だと言っていたっけ。それも『にじのおうこく』の虹の橋を真似て撮った虹の写真だと……。

 それって、俺が送った虹の写真だろうか? それともあいつが撮った虹の写真だろうか?

 俺の待ち受けはもちろんあいつから送られてきた虹の写真だ。あの写真だけは変える事が出来なかった。

 

 もうすぐ日付が変わってクリスマスになろうかと言う頃、携帯がメールの着信を告げた。

 送信者はさっきまで頭を悩ませていたあいつだった。


 『この虹の向こう側にあなたはまだいますか?』

 

 これは……。

 信じてもいいのだろうか?

 あまりにもタイミングよく届いたメールは、昔俺が送った虹の写真を添付していた。

 この写メールの意味は?

 そんな疑問よりも、にやけてゆく俺の顔の方がずっと正直だ。

 あいつはどうしてこんな写メールを、今になって送ってきたのだろう。

 もしかして、本郷さんが俺と話した後、あいつに電話でもしたのだろうか?

 どう返事をしよう? 

 何と返せばいい?

 やっぱりメールなんかで伝えたくない。

 

 握り締めていた携帯を閉じると、心の奥から安堵の息が漏れた。

 これって、あいつも同じ気持ちだということだよな?

 あいつがあの時拒絶したのは、やはり綾瀬が言うように罪悪感とけじめからだったんだよな?

 あいつは俺を受け止めてくれるだろうか?

 期待と不安が胸に渦巻く。ポジティブに行かなきゃと自分を叱咤激励する。明日のクリスマスは、どちらにしろあいつの家に行くのだから……。


 

 ―――――心変わりじゃなかった。

 本郷さんの話を思い返し、じんわりと目頭が熱くなった。それでも、過ぎ去った時間を取り戻す事の出来ないもどかしさと、あいつの辛さを分かち合えなかったやるせなさが俺を(さいな)む。

 けれど、全てはこれからだ。振り返って悔やんだって過去は変えられないのだから。

 だから、もう待てないと思った。

 あいつに想いを告げるのは今年度が終わってからだと考えていたけれど、もう待てない。

 あいつが今はまだ虹の向こう側に居るのなら、俺はあの虹を超えるために今すぐ駆けてゆくだけだ。

 今度こそ本当に、共に歩く未来を掴みとるために。

 あの虹の向こう側へ。




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