#58:近づくクリスマス
思いっきり時期外れで、すいません。
2014年最後の更新です。
「川北さん、どうぞ」
西森さんの個別懇談が終わり、廊下で待つ川北さんに声をかける。
先程の西森さんとのやり取りで、少々精神的に疲れてしまったが、川北さんの方がもっと緊張してしまう。
なんだか彼女にはいつも、全て見透かすような眼差しで見られているような気がする。
いけない、いけない。今は頭を切り替えて、担任に徹しなくては。
向かい合わせた懇談の席に着くと、俺は陸の転校してからの様子を話した。そして、成績表を川北さんの目の前に広げ、説明していく。「陸君は図工が好きなようですね」と言うと、彼女は「保育園の頃からお絵描きが好きで……」と嬉しそうにほほ笑んだ。
そして話の最後に「何か質問とか、気になる事や、心配事がありましたら……」と締めくくる。
「あの、私の事じゃないんですけど……今日、篠崎さん、仕事で懇談に来られなくなって……」
思いもよらないあいつの名前が出て来て、とりあえず「ああ、連絡が入っていましたよ」と相槌を打つ。
「それで、彼女、来ていたら先生に相談したかったと思うんですけど……代わりに私が話してもいいですか?」
川北さんの申し出は想定外だった。まさか……。
「篠崎さんに頼まれたのですか?」
以前から仲が良かったと言う川北さんに、俺の事を話していてもおかしくない。この場で俺との事を話すつもりか?
俺は川北さんの思惑を探るように彼女を見た。
「いいえ、これは私のおせっかいなんですが……あの、拓都君の事なんです」
「拓都の? 私が聞いてもいい話しなんですか?」
少し緊張していた気持ちが、拓都の事と聞いてホッと力が抜けた。まあ、それが普通だよな。
「ええ、彼女、とても悩んでいたので、普段子供達を見ている先生の意見を聞きたいと思っていると思います。実は、クリスマスプレゼントの事なんですが、毎年彼女はできるだけ拓都君の欲しいものをあげようと思って、一緒にサンタさんへ手紙を書くんです。書く事で、拓都君の欲しいものを聞き出すらしいんですが、今年は拓都君が自分で書くから、ママは見ちゃダメだって一人で書いて、サンタさんへ出してほしいと渡されたらしいんですが……彼女がこっそりと手紙を見たら、パパが欲しいって書いてあったらしくて……」
「パパ、ですか?」
あまりの内容で一瞬思考が止まった。
「はい。それはウチの子のせいなんです。ご存じのように私は夏に再婚しまして、子供達に新しくパパが出来たんですが……陸は本当の父親の記憶が殆ど無くて、今のパパが子煩悩でとてもよく子供達と遊んでくれるんですよ。それで、すっかり陸はパパに懐いたのはいいんですが……陸が拓都君にパパ自慢をしてるようなんですよ」
「ああ、私にもよく、パパの話をしてくれますよ。ゲームがとても上手なんだとか……」
「ええ、そうなんですよ。ゲームで子供たちの気持ちを掴んだようなもので……あっ、それでですね、時々西森さん、篠崎さんの家族ぐるみで遊ぶようになって、パパ達と子供達がキャッチボールをするようになったんです。それで、拓都君がキャッチボールをとても気に入ったみたいで、キャッチボールをしてくれるパパが欲しくなったみたいなんですよ。なんでも、『陸君のウチにはパパが来たのに、ぼくのウチには来ないのか』って、お母さんに言ったみたいで……篠崎さんは『ママがキャッチボールをするから』って納得させたらしいのですけど、パパ達のようには上手くキャッチボールができなくて、それで内緒で拓都君はサンタさんに『キャッチボールがしたいからパパをください』ってお願いしたらしいんです」
そう言えば、拓都は『先生あのね』の日記でキャットボールが楽しいとか、陸君はパパが居て良いなとか書いていたっけ。でも、そこまで思いが強いとは思っていなかった。
あいつはパパが欲しいと言われて、どう思っているのだろう。困っているから、川北さんに相談したのだろうけれど……。
「そうですか、お母さんにしたら辛い事ですね」
あいつは拓都のために結婚を考えるのだろうか? 拓都のパパになってくれる人を探すつもりだろうか?
いや、それは違うだろう。
拓都は父親と言う存在がどう言うものか、分かっていないんだ。父親である前に、あいつにとって愛と信頼を持てる相手じゃないと。
「篠崎さんは、手紙の内容を知らない事になっているから、その事について拓都君と話ができなくて……それに彼女自身、私達と家族ぐるみで遊んでいる時も、やはりパパの存在って必要なのかなって悩んでいるようでした」
やはりそうか。あいつまでもが、拓都のパパという基準でパートナーを選ぼうと思っているのか。
あいつは拓都と近過ぎるから、こんな話はしにくいだろう。
俺はしばし考えた後、一つの決意をし、もう一度視線を目の前の川北さんへ向けた。
「わかりました。私に話した事は、篠崎さんに黙っていてください。拓都君にそれとなく話してみますから……」
「どうして篠崎さんに黙っておくのですか?」
「川北さんは篠崎さんに頼まれた訳じゃないんですよね? だったら、私は聞かなかった事にしておきます。でも、拓都君には、パパと言う存在についてきちんと話そうとは思いますから……大丈夫ですよ」
拓都は話せば理解できる子だから、きっと大丈夫。
俺は目の前の川北さんを安心させるように微笑んだ。
「すいません。いろいろと勝手な事を言いまして……どうぞよろしくお願いします」
友のために頭を下げる川北さんを見ながら、母子家庭同士で助け合って来たと言う絆を感じた。
「川北さんはお友達思いですね。これからもいいお友達でいてあげてください」
「もちろんです。私は彼女がずっと辛い思いをして来たのを見ているから、幸せになってほしいと願っているんです」
あなたは俺の事も聞いているのですかと、尋ねてみたくなった。けれど振った相手だと聞かされていたら、答え辛いだろう。
内心自虐的に自分を諌め、この辺であいつの話題はおさめようと「では、インフルエンザも流行りだしていますので、冬休みにいろいろお出かけもされると思いますが、気を付けてください」と懇談を終えた。
*****
さて、拓都に話をすると言ったが、どうやって話せばいいだろうか?
具体案も無く勢いで言ってしまったが、拓都に話せば大丈夫だと確信があった。
やはり学校で話す方が良いだろうか。学校はもう12月24日を残すのみだ。終業式だけで終わる日に、そんな大切な話をする余裕はない。それとなく話すと言ってしまったが、やはり大切な事だから、何かのついでに話すような事じゃない。
それとも家まで行く方が良いだろうか。あいつに不信がられずに拓都にだけ話をする事ができるだろうか。
俺はそこまで考えて、自分のクリスマスまでの予定を思い返す。今夜から明日にかけて、姪と甥にクリスマスプレゼントを渡すために実家へ帰るつもりだし、24日は仕事がある。
たとえ担任とは言え、やはり自宅を尋ねるのなら明るい昼間にしたいと思うと、もうクリスマス当日の25日しか残っていなかった。
考えようによっては、クリスマスの朝に行くのが良いかもしれない。まさかパパをプレゼントできないだろうから、拓都の希望とは違うプレゼントになるだろう。だから少しがっかりしている拓都に話をした方が効果があるかもしれない。
俺は考えがまとまると「よしっ」と声に出して立ち上がり、実家へ帰るために準備を始めた。
久しぶりの実家へ帰ると、姪の葵と甥の奏が興奮したように大喜びで、俺にくっついて離れない。そして子供達を溺愛している兄の緩んだ表情を見ていると、初めて羨ましいと言う気持ちが芽生えた。
俺とあいつと拓都と3人で遊ぶ姿を思い浮かべ、これが現実になればどんなに幸せだろうと思う。パパが欲しいなら、真っ先に立候補するのにと思って内心苦笑する。
それじゃあダメだと拓都に話そうと思っている自分が、こんな風に思っていてはダメだよな。
葵と奏の「帰らないで」と言う声に送られて、再び一人の部屋へ戻って来たのは夜も更けた頃だった。
*****
12月24日、2学期の終業式の日。クリスマスイブの今日は、恋人たちにとって良い曜日巡りの金曜日だった。
今日は仕事の後、例のクリスマスパーティがある。今月から養護教諭として来た本郷さんも参加するらしい。彼女はたしか恋人と共に東京で就職したはずだったけれど、もう一度養護教諭を目指すために帰って来たとあいつが言っていた。
クリスマスパーティに参加すると言う事は、恋人とは別れたのだろうか。やはり、学生時代からの恋愛は、就職と言う環境の変化についていけなくなるのか。
自分の事を振り返ると、本郷さん達が別れる事もありなのかもしれないと思った。
そんな本郷さんにあいつの事を訊いてみたいと思っている。今更だけど、拓都は本当にお姉さん夫婦の子供なのかときちんと確認したい。そして、あいつが拓都を引き取ろうとした時、あいつの恋人はどうして結婚して二人で育てて行こうとしなかったのかと訊きたい。
あいつにとって本郷さんは親友だから、きっと話しているはず。……けれど、今回俺と再会した事は話していなかったんだよな。
あいつの事を考えていると、気分が上がったり下がったりと忙しい。そろそろ、いろいろな事をハッキリさせる頃なのかもしれない。
クリスマスパーティは就業後、広瀬先生の知人がやっていると言うレストランの地下にあるパーティルームで行われた。地上のレストランは恋人達で埋まっているようだった。
初参加の本郷さんともう一人別の学校の女の先生が皆に紹介されている。
本郷さんにはパーティの後で少し時間が欲しいとお願いするつもりだ。けれど、いつその事をお願いしようかと思案している内に、他校の女性教諭達に囲まれてしまった。一緒に居た広瀬先生が上手に話を盛り上げ、ひと時歓談した後、何とか場所を移動できた。
本郷さんを探すと、岡本先生達と一緒に居るようだった。
「守谷先生のおかげで、今日は沢山の人と話が弾みましたよ」
本郷さん達の傍へ広瀬先生と共に近づくと、本郷さんからそんな風に声を掛けられた。意味が分からず驚いたように「えっ?」と言うと、「私、守谷先生のマネージャーとでも勘違いされたのか、大学時代の守谷先生の事を訊かれまくったんですよ」と返って来た。
俺の大学時代の事? そんな事訊いて、面白いのか?
「それで本郷先生、何を言ったんです?」
「事実をありのままに……大学時代もモテモテで、でも女性には寄ってくるなオーラを出していたって……それ以上のプライベートは知らないしねぇ」
そう言うと本郷さんは意味深にニヤリと笑った。なんだか弱みを握られてる?
俺は「ご迷惑かけたみたいで、すいません」とおざなりに謝った。
「守谷先生、ここのお料理美味しいですね。もう食べられました?」
本郷さんが広瀬先生と話し始め、横でその様子を見ていたら、愛先生が話しかけて来た。
ここのところ、ずっと愛先生と一対一で会話するのを避けていたから、久しぶりに話をするような気がする。
「まだ少ししか食べていませんけど、美味しかったですね」
本当は味わう程食べられていない。広瀬先生は幹事のため、一応全員のところを挨拶がてら一緒に回っていたため、ゆっくり食べる時間が取れなかった。
愛先生との会話をそそくさと切り上げると、俺達は腹ごしらえをしようと、料理のテーブルへと向かった。
そして俺は、本郷さんに話しかけるチャンスを窺い、本郷さんがトイレから戻って来る所を廊下で待ち構え、偶然を装って近づいた。すると、なぜか本郷さんに睨まれた。さっきの俺の事で煩わせた事、怒ってる?
それでも俺は気付かぬふりをして、「あっ、本郷さん、丁度いい所で会った。本郷さんにお願いがあるんです」と声をかけた。
「お願いって?」
彼女は先程の怒りを忘れたのか、驚いたように訊き返して来た。
「このパーティの後で訊きたい事があるので時間を取ってほしいんです」
「訊きたい事?」
「その時に言います。とりあえず駅前の喫茶店で落ち合いましょう。そこは夜中の12時までやっているそうですから」
こんな所で話は出来ないから、俺はすぐに場所を指定した。
「じゃあ、絶対に他の人に知られないようにしてよ。誰かに見られて誤解されたら嫌だから」
「分かっています。本郷さんこそ2次会に引っ張られないようにしてくださいね」
「分かったわ。じゃあ、後でね」
そう言って本郷さんは会場へと向かって行った。俺は本郷さんの後姿を見送った後、トイレに入って少し時間をずらせてから会場に戻った。
一応パーティは9時に終了と言う事になっていたので、俺は広瀬先生にだけ用事があると断って終了より早めに会場から抜け出し、約束の喫茶店へと向かった。どうやら誰にも悟られずに抜け出せたようだった。
俺が喫茶店に着いてから20分程遅れて本郷さんはやって来た。
「お待たせ。ずいぶん早かったのね」
本郷さんは俺が先に居る事に驚いたようだった。
「終わる前に抜け出して来ました。最後までいたら、抜け出すチャンスないから……」
俺は苦笑しながら言い訳した。本郷さんはテーブルの前の席に座りながら、納得顔で相槌を打った。
「守谷君、訊きたい事って?」
本郷さんは注文した紅茶が届いて一口飲んだ後、本題に入った。
「ああ、拓都の事なんですけど……」
「拓都君?」
「拓都は誰の子供なんですか?」
俺はストレートに訊いてみた。本郷さんは思ってもみなかったのか驚いた顔をし、どう答えようか逡巡しているようだった。
「そんな事は美緒に訊いて」
他人の秘密をそうやすやすとは喋ってくれそうには無いようだ。
「美緒から言ってくれるのを待ってたんですけど……担任としては必要以上のプライベートは訊けないから」
「どうして、知りたいの?」
今度は俺がどう答えようかと逡巡する。しばらく考えた後、顔を上げた。
「拓都は美緒のお姉さんの子供だと言うのは本当ですか?」
俺は、自ら答えを突き付けた。本郷さんは驚き「えっ? どうしてそれを……」と口走り、ハッとして口を手でふさいだ。しかし、その反応で、俺はやっぱり真実だったと確信し、安堵した。
「それで、やっぱり拓都のご両親は亡くなったんですか?」
「ええ」
俺が知っている事が分かったからか、本郷さんは観念して答えてくれた。そして、俺はいよいよ核心である質問をぶつける事にした。
「じゃあ、美緒が拓都の面倒をみる事になった時、美緒が付き合っていた奴は美緒を突き離したんですか?」
俺の質問に、本郷さんは本日一番の驚いた顔になり、「何を……」と言ったまま絶句した。
「聞いたんですよ。美緒がK市にいる時に友達だった人の子供が俺のクラスに転校して来て、その人から美緒は母子家庭でとても苦労していたって……独身でまだ若い美緒が、一人で子育てするなんて……どうして付き合ってたのにその人は美緒と結婚しなかったんですか? 拓都がいるからですか? 結婚して二人ならそこまで苦労しなかっただろうに……俺なら……」
俺は話しながら興奮していた。拓都の真実を知った日から、この事を何度も考えて来た。俺を振って選んだ奴が、あいつが苦労しても知らんふりしていたなんて。
「ちょ、ちょっと待ってよ、守谷君。何か勘違いしていない?」
「勘違い? 美緒は俺と別れた後に、同じ職場の奴と付き合っていたんでしょう?」
勘違いじゃないだろ? あいつは、同じ職場の奴に告白されたと言っていたし、俺よりもその人を好きになったと……。
「はぁ? 美緒が付き合ってたのは、守谷君以外にいないわよ」
ええっ? 本郷さん、何を言ってるんだ。やっぱりあいつは本郷さんには何も言っていないのか?
今年一年、お付き合いくださり、ありがとうございました。
来年こそは、ラストまでたどり着きたいです。
来年もどうぞよろしくお願いします。




