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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
49/85

#49:誕生日おめでとう

 毎年この時期になると嫌でもあいつの誕生日を思い出すのは、あいつの誕生日の次の日が俺の誕生日だからだ。

 別れた後、自分の誕生日が近付いて来るとどうにも落ち着かなくて、あいつを忘れる事も憎む事もできずにいる自分をいつも持て余していた。

「あいつ、27歳になるのか……」

 そして俺は25歳になる。

 2年の差は縮まるはずも無く、まるで俺は姿の見えない相手を追いかけ続けているようだ。

 23歳と21歳で別れてから3年半。何度も諦めようと忘れようとした。あいつと再会してからは忘れる覚悟もした。なのに……。

 拓都がお姉さんの子供だと知った日から、あいつが独身だと聞いた日から、自分の中の壁が崩れた。ずっと強固な壁の向こうに押し込めていた想いが、じわじわと胸に広がり始めている。

 だからと言って、これからどうすればいいんだ?

 俺は何を望んでる?

 今、あいつの心には誰が住んでいるんだ?


 俺は大きく溜息を吐いた。

 もう、3年半も経ったんだ。たとえ俺はあの頃と同じ気持ちでいても、あいつにとって俺はもう過去なのだろう。あの頃のように話ができたからって何だって言うんだ。

 俺は自分の中のどこか浮かれている気分を諌めるように言い聞かせた。

 そして、そんな事より親子学習会で折り方をプリントして配る折り紙を決めなくては、と俺は頭を切り替えて再び折り紙の本に目を落とした。


     * * * * *


 10月20日、親子ふれあい学習会当日となった。

 今回は1年の5クラス合同で体育館で行われる事になっていて、体育館の床に座り込んで、親子で折り紙をしてもらう事になっている。

 5限目・6限目をこの学習会に当てているので、お昼休みの後の掃除タイムが終わるとすぐにクラスごとに整列して体育館へと向かった。

保護者は直接体育館へ集まることとなっているため、クラス役員に受付をしてもらっている。俺と子供達が体育館へ入って行くと、すでに大勢の保護者達が集まり、ざわめいていた。

 事前に保護者の参加の確認を取っていたが、親子学習会と言う名のお陰か俺のクラスの保護者は全員参加だった。

 子供達がクラスごとに並んで床に座ると、保護者もその後ろに並んで座わった。各クラスのクラス役員が全員前に出て並ぶと、当番の役員が始まりの挨拶をし、次に別の役員が今日の親子ふれあい学習会の説明をした。そして、体育館をクラスごとに大まかにブロック分けして、親子が組んで床に座り込むと、皆楽しそうにお喋りしながら折り紙を始めた。

 俺は自分のクラスの親子の様子を見て回り、折り方で分からない所があれば説明もした。そして、いよいよあいつ達(篠崎さん・西森さん・川北さん親子)の座っている所に近づき、『平常心、スマイル』と自分に言い聞かせた。


「折り紙は進んでますか?」

 おしゃべりと折り紙に夢中になっていた3親子が驚いたように顔を上げる。俺はそれを見て内心ニンマリとしながら、穏やかな笑顔を向ける。

「先生、見て、見て」

 子供たちはすぐさま俺の周りに集まり、自分が折ったキャラクターの折り紙を我先にと見せてくる。

「わー、すごいの折ってるなぁ」

「あのね、拓都君がアニメキャラクターの折り紙の本を持ってるの」

やっぱりあいつの折り紙好きは健在で、しっかり拓都にも受け継がれているのだなと少々感慨深く思った。

「守谷先生、見て下さいよ。篠崎さんこんなマニアックな折り紙の本をそろえているぐらい、折り紙オタクだったんですって」

 西森さんが虫の折り紙の本を示しながら、あいつの秘密を俺に暴露した。……と言っても、別に俺にとっては秘密でも何でもないが、そんな西森さんの行動にあいつは慌てながらも一生懸命冷静さを装って「千裕さん、折り紙オタクはヤメテ」とぎこちなく笑った。

「あっ、この本、懐かしいな。サークルの時にメンバーが持っていて、学園祭に展示するためにたくさん折りましたよ。結構難しい折り方なんだよなぁ」

 俺は示された虫の折り紙の本の表紙を見て、懐かしい記憶が蘇った。折り紙サークルのリーダーだったと言えないあいつの目の前で、わざとこんな事言う俺は少々意地が悪いかな。しかし俺はさらに悪乗りした。

「篠崎さん、折り紙に詳しそうですね?」

 内心あいつの反応にワクワクしながら、俺は笑顔で話しかけた。あいつは困惑しながら「ええ、まあ」と曖昧な返事をしたが、それ以上の説明はなかった。

 その時急に川北さんが笑い出しギョッとしていると、彼女はさらに驚く事を言い出した。

「そう言えば、今日は美緒の誕生日だったよねぇ。おめでとう」

 えっ? なぜ今、その話題?

「えっ? 本当? 美緒ちゃん、おめでとう。それで、何歳になるの?」

 西森さんも驚きながらもその話題に乗る。しかし、あいつは驚いて固まったままだ。俺は驚きと疑問を内に押し込め、3人の様子を傍観していた。

「あ、ありがとう。でも、もう祝ってもらうような年じゃないから……」

「なに言ってんのよ。私達よりずっと若いのに。それとも、それは嫌味なの?」

 遠慮がちにお礼を言うあいつと、笑いながらツッコミを入れる西森さん。それはいつもの光景だ。でも、いつもと違ったのは、そこに予測不可能な言動をする川北さんがいた事だ。

「守谷先生。守谷先生も、篠崎さんにお祝いの言葉を言ってあげてください」

 川北さんが再びギョッとする様な事をこちらに振るので、思わずフリーズしかけた。しかし、これはあいつに直接誕生日のお祝いを言うチャンスを与えられたんだと思い直し、困惑している感情を押し込めてあいつに笑顔を向けた。

「篠崎さん、誕生日、おめでとうございます」

 俺はあいつにお祝いの言葉を言いながら、頭の片隅で考え続ける。

 もしかすると川北さんは俺とあいつの過去を知っているのかもしれない。そして、からかい気味の冗談でこんな事を言い出したのかもしれない。あいつにとっては過去の事だから、こんなふうにからかっても笑って済ませられると思ったのかもしれない。当人達にとっては困惑でしかないのに。

 俺の思考はすぐさま途切れた。それは目の前のあいつが顔を赤くして固まってしまったからだ。

「守谷先生、ダメですよ。そんな女性を惑わす様な笑顔で言ったら……ほら、ウブな美緒ちゃんが固まってるじゃないですか」

 今度は西森さんが俺をからかう。この二人は俺達の過去を知ってからかっているのだろうか?

 あいつは西森さんの言葉で我に返ったのか、「あ……すいません。ありがとうございます」とぎこちなくお礼を言った。そんな棒読みの様なお礼を言われてもな……。

 なんだか、この二人の母親に良いようにあそばれている様な気がしてたまらないと思っていたら、またしても川北さんが耐えきれないと言わんばかりの笑い声で笑いだした。

「ごめん、ごめん。千裕ちゃんったら、女性を惑わす様な笑顔なんて言うんだもの……それに、ウブな美緒って……」

 そう言いながらまだ笑い続ける川北さんと一緒に西森さんまでもが笑い出した。そんな二人を困惑気に見ているあいつ。なんだかなと思いながら「もう~西森さん、からかわないでくださいよ」と場の雰囲気に合わせて俺も笑っておいた。

「美緒、誕生日なんだから、笑わなきゃダメだよ」

 一人困惑しているあいつに川北さんがツッコミを入れた。困惑させてるのは川北さんだろうにと思っても、この二人の母親のパワーには敵わない。

「そうだよ~誕生日に眉間にしわを寄せてたら、せっかくの可愛い顔が台無しだよ~。ねぇ、先生」

 またしても俺を巻き込もうとする西森さんに、怒りと呆れ半々の気持ちで俺は冷静になった。

「皆さん、お喋りもいいですが、手も動かしてくださいね。子供達もいますので……」

 どう言うつもりだったか知らないが、川北さんと西森さんのからかいに乗った自分自身も反省しながら、俺はその場を締めくくったのだった。


 俺はその場を去りながら、先程の事を脳裏で再生させる。おめでとうと言った時のあいつの反応は、まるで昔のあいつの様だった。いやいや、皆の前だったから恥ずかしかっただけだろうと自分を納得させ、俺は気持ちを切り替えて寄って来た子供達の作品に目を向けた。

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