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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
28/85

#28:再会

 いつの間にか6限目が始まっていたのか、校庭で体育をしている子供達の姿と声が聞こえて来た。しばらくぼんやりとその様子を遠目に見ながら、これが今の俺の現状なんだと思い直した。

 元カノが結婚した事ぐらいで動揺してどうする!

 余りに情けない自分を叱咤して、俺は教師なんだからと自分を諌めた。


 職員室へ戻ると人口密度はかなり回復し、ざわめいている。そんな中、帰りの会を終えて職員室へ戻っていた愛先生と、目が合った。その途端、彼女はふんわりと笑顔を見せた。

 その笑顔に俺はさっきまで頭を悩ませていたあいつが蘇り、思わず顔をそむけてしまった。しかしすぐに我に返り、もう一度愛先生の方を見ると、彼女はもう机に視線を落とし何かを書いているようだ。

 顔をそむけたの、気付かれなかったかな?

 少し気が(とが)めたけれど、たいした事ないかと気持ちを切り替えた。

 自分の無意識の行動になんだかなと思いながら席に戻り、先程席を離れる前に引き出しにしまった家庭調査票の束を取り出した。

 そう言えば今日は15時半から学年会議があったよなと、調査票から意識をそらすように別の事を考える。

 分かっているんだ無駄な抵抗をしている事。

 受け入れたくなくて知らんふりしたい心。でも、もうここまで知ってしまったら、真実を知って現実を受け入れなくちゃ、俺自身が前に進めない。

 動揺してる場合じゃないよな。

 あらためて篠崎拓都の調査票を手に取った。


 そう言えば……拓都の母親が美緒だとして、どうして入学式の時に気付かなかったのだろう? 教室で対峙した保護者の中に居なかったのだろうか? 

 彼女と分からない程、彼女自身が変わってしまった……とか?

 もしかしたら、入学式に来ていなかったとか? そんな事、ないよな。1年生が一人で来るなんて……。

 あっ、父親だけが来ていたのなら……あり得るよな。

 保護者の中に数人いた父親と思われる男性達を思い出す。覚えているはずも分かるはずもない。

 そうして、もう一度調査票に目を落として、今更ながら気づいた。保護者欄に父親の名前のない事に。


 それでも俺はそれほど驚かなかった。ああ、またかと思った程度だった。それは、以前にも同じ事があったからだ。

 去年担任したクラスに今回と同じように調査票の保護者欄に母親の名前しか書いてないものがあった。最近は個人情報保護法のせいか、各家庭から開示された情報以外を詮索できない雰囲気がある。それに教師2年目だった俺には、調査票には家族全員を記入するものと思っていたので、てっきり母子家庭だと思い込んだ。しかし、夏休み前の個別懇談でその母親が、話の途中で「単身赴任中の旦那が……」と言うのを聞いて初めて父親がいた事を知り、どうやらその母親は現在同居している人の名を記入するのだと思っていたようだった。


 ―――――父親は単身赴任中か……。

 自分の子を後妻である美緒に押し付けるなんて……。でも、美緒も付いて行くために仕事を辞めたりしないだろう。彼女は一生続けられる仕事としてあの仕事を選んだのだから。

 何となく美緒らしいと思った。自分の本当の子供でなくても、美緒なら実の子のように大切に育てるだろう。かつて甥っ子を可愛がっていたように。

 きっと、美緒の方から、仕事を辞めない代わりに自分一人で育てると言い出したのに違いない。拓都を学童へ入れているのは、そのせいなのだろう。

 それで、今は空いている実家へ帰って来たのかもしれない。お姉さん達はまだしばらく海外赴任が続くのだろうか?

 俺は調査票に書かれていない行間を想像し続けた。

 拓都はきっと旦那の連れ子なのだろう。子供のいるバツイチなのに美緒に言い寄ったのだろうか?

 美緒の事だから、同情が愛情に変わったのかもしれない。もしかしたら、子供の世話をしていて仲良くなったから結婚へ踏み切ったのかもしれない。

 そう言えば拓都の話の中に頻繁に「ママ」が登場する。余程ママが好きなんだなと、嬉しそうに話す拓都を見る度に思っていた。

 あれ? ちょっと待て。結婚したのにどうして『篠崎』なんだ?

 婿養子と言う事か? でも、確か、お姉さんも婿養子を迎えていたはず……。

 まあ、俺には分からない事情があったのだろう。

 俺はそれ以上考える事を放棄した。


 睨みつけるように見つめていた調査票を確認済みの束の上に置くと、俺はハァーと大きく息を吐いた。

 あの時、好きな人が出来たと言った美緒。それには子供への想いも含まれていたのだろうか?

 拓都の話を聞いていると、本当に大切に育てているのが分かる。

 俺はそんな美緒に何をしてあげられるだろう?

 もう過去を忘れ、拓都の担任として精一杯対応する事だけだろう。

 これで本当に囚われ続けていた美緒への想いから自分自身を解放する時が来たのかもしれない。


           *****



 あれから、意識しないようにと思っていても、拓都が「ママ」と言う度に胸の奥に小さな引っかかりを感じた。あれ程どこにいるのかも、連絡先も分からなかったのに、一気に美緒の住所も電話番号(おまけに携帯の番号さえ)も分かり、そしていつも彼女と共に暮らす子供が俺のテリトリーに居る。

 これは何と言う皮肉なのだろう。

 ああ、ダメだ。又こんな風に考えてしまう。運命を呪ってみたって、この現状は変わりはしないのに。

 

 そして、ついに美緒と対面する日がやって来る。

 1年生の最初の授業参観と学級懇談、そしてPTA総会だから、余程の事が無い限りやって来るだろう。いや、俺が担任だと知っているから、来ないだろうか?

 平日だから、旦那が来るとは思えない。拓都のためなら、きっと彼女は来るだろう。

          

 俺は会いたいと思っているのだろうか?

 人妻になったあいつに……。

 俺は大きく頭を振って、余計な考えを振り払った。

 出来るだけ考えないように過ごして来たけれど、時は確実に経ち、後数分で再会の時を迎える。

 授業参観である5眼目の授業のために1年3組の教室へ向かいながら、俺は平常心、平常心と自分に言い聞かせる。これは俺の仕事だから、余計な雑念は全てシャットアウトだ。


 教室までの廊下には、普段いない保護者があちらこちらで立ち話をしている。俺は挨拶をしながら教室に辿り着いた。中へ入るともう既に教室の後ろに数名の保護者が立っている。そちらに軽く会釈をしながら、黒板の前に立った。

 頭の片隅であいつが居ない事を確かめる自分を意識しながらも、俺は授業モードに頭を切り替えた。


 子供達の興味を引きそうな教材を使いながら、質問を繰り返しては手を上げさせる。子供達の間を歩き、それぞれの様子を見ながら次の説明をしていく。

 それにしても廊下から聞こえてくる母親たちのお喋りがうるさい。

 それでも廊下側の窓を閉める訳にもいかず、俺は少し声を大きめにしながら、教室の前に戻った。

 やがて5眼目の終わりのチャイムが鳴り、俺は、教室の後ろにいる保護者に向けて「この後、学級懇談がありますので、参加できる方は残ってください」と告げた。

 この後の学級懇談やPTA総会に参加する保護者のために、終わるまで図書室で子供達を預かる旨を伝え、簡単に帰りの会を済ます。子供達を立たせて終わりの挨拶をすると、教室内が急にざわめきに包まれた。

 子供達が後ろのロッカーからランドセルを出して帰り支度を始めると、保護者達は我が子の傍へ寄って行く。おそらくこの後図書室で待つよう話しているのだろう。

 俺はそんな様子を見ながら、意識の端であいつを探す。

 やはり来なかったか……それとも、廊下から覗いていたのだろうか。

 すぐにそんな思いを断ち切って、「図書室へ行く人は廊下へ並んでください」と皆に声をかけ、俺は廊下へと出た。

 図書室へ行く子供たちを並ばせ、そろそろ行こうかと思っていた所に「守谷先生、さようなら」と声が聞こえ、そちらを見ると拓都が笑顔で立っていた。

「拓都は、学童だったか……気を付けて行けよ。さようなら」

 おまえの母親は来ていたのかと頭に浮かんだ疑問をねじ伏せ、俺も同じように笑顔で挨拶を返すと、拓都は元気よく「はーい」と返事して、校舎の出入り口の方へと去って行った。

 ぼんやりとその後ろ姿を見送っていた俺は、すぐに我に返り「図書室へ行くのはこれで全部か?」と教室の中へも聞こえるように声をかけた。

 クラスの半数ほどの子供達を図書室まで連れて行き、担当の教師に引き渡した。その後、職員室へ戻り学級懇談の準備をして、再び教室へと向かった。

 

 さっき、拓都は一人だった。やはり、来なかったのか……。それでも寂しそうな顔をせずに笑顔で学童へ行った拓都は、こう言う事に慣れているのだろうか?

 両親ともにフルタイムで働いているから、保育園の時も行事の度には来れなかったのかもしれない。

 だめだ。気を抜くとまたこんな事を考えてしまう自分は、大バカだと思った。去年不倫疑惑で怒鳴り込まれたのに……反省も学習も出来ていないと、自分を叱る事しかできなかった。


「お待たせしてすいません。学級懇談を始めます」

 教室に戻り中にいた保護者に声をかけると、皆が俺の方を振り返った。

 やはり、いないと頭の片隅で確認する。その時教室の後ろの掲示物を見ていたショートヘアーの女性が振り返った。

 俺はその時、もしかするととても驚いた顔をしたかもしれない。

 その女性は髪型が余りにも変わってしまったから後ろ姿では思いもしなかったけれど、まぎれもなく美緒だ。

 愛先生と同じ緩やかにウェーブした肩までの髪が、バッサリと切られている。まるで過去を断ち切るように。

 彼女は視線を床に落としたまま、こちらを見ようとはしなかった。

 我に返った俺は、彼女から目をそらし、気合を入れるように皆に向かって笑顔を作った。

 

 



 


 

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