#27:再会までのカウントダウン
大変すいません。
前回の後書きに次回再会しますとお知らせしたのに
再会シーンまで書くと長くなってしまいそうですので
ここで一旦アップします。
どうぞよろしくお願いします。
4月の第一月曜日、俺の勤める虹ヶ丘小学校の入学式が行われる。入学式は今まで2回経験したけれど、今回は少し意味が違う。それは、俺のクラスの教え子となる子供達を迎える儀式だからだ。
1年3組、27名。1年生は30人学級なので、自分の小学生の頃を思うと本当に少ない。そして名簿の名前を見て驚くのは、フリガナが無いと読めないような漢字使いの名前が多い事。キラキラネームって言う奴か。
入学式が式次第に沿って進められていく。担任紹介となり、名前を呼ばれ「はい」と返事をし、児童と保護者の前に立ち頭を下げると、保護者席の方からざわめきが起こった。又あの噂のせいなのだろうと心の中で嘆息する。今年は噂を挽回するように頑張ろうと自分を戒めた。
それでも子供達を前にすると、何となく誇らしい気持ちになって、初めての小学校に期待と興奮でキラキラと輝く54の瞳を笑顔で受け止めた。
入学式は恙無く終わり、自分のクラスの子供達を1年3組の教室まで誘導する。保護者は学校側からの説明があるため少し遅れて教室へ来る事になっている。
1年3組の教室は先週末に新6年生と一緒に1年生を迎えるための飾り付けをした。黒板に書いた『ごにゅうがく おめでとう』という文字が嬉しそうに踊っている。
教室へ入るとそれぞれの席へ座らせ、まずトイレへ行きたい人は集まれと声をかけた。入学式の間、緊張してたから我慢していた子もいるだろう。10人程が集まり、トイレまで連れて行った。
そして改めて全員が自分の席に着いたのを確かめてから、皆の前に立った。
「みなさん、入学おめでとう。入学式では、校長先生のお話や来賓の人のお話を静かに聞く事が出来ましたし、歌も上手に歌えましたね。とても良かったです。それから、先生が皆の名前を呼んだ時、とても元気な返事をしてくれました。大変嬉しかったです」
俺はここで一端話を切り、ニッコリ笑って皆を見渡した。そして、皆に会えるのを楽しみにしていた事、会えて嬉しい事、困った事があったら何でも話して欲しい事などを話した。
「先生の名前は『もりやけい』と言います」
俺は自分の名前を言うと、黒板に平仮名で『もりや』と大きく書いた。
「『もりや』の『も』は桃の『も』です」と言いながら、桃の絵を描いた紙を見せ、黒板に書いた『も』の字の横に貼った。
「『もりや』の『り』はリンゴの『り』です」と言いながら、リンゴの絵を見せ、また黒板に貼った。
「『もりや』の『や』は焼き芋の『や』です」と言いながら今度も焼き芋の絵を見せ、同じように黒板に貼った。
「桃もリンゴも焼き芋も、先生の大好きな食べ物です。先生の名前、もう覚えましたか?」
子供達は嬉しそうに口々に「はーい」と返事をした。
「それじゃあ、皆で『もりやせんせい』と呼んでください。せーの」
「「「もりやせんせい」」」
子供達の元気な声に呼ばれ、これがこの子達の小学校最初の先生への呼びかけだと思うと、何とも言えない高揚感がある。俺は子供達に負けないように元気に「はい」と返事をして見せた。
「それでは次は先生が皆の名前を呼びますので、手を上げて返事をしてください。足立幸菜さん」
「はい」
窓際の一番前に座った女の子が元気よく手を上げて返事をした。
「いい返事でしたね」と褒めながら、俺は彼女の傍へ行き、「よろしく」と握手をした。そして、次はその後ろの席の子の名前を呼び、また返事を褒めながら傍へ行くと握手をした。そうして順番に名前を呼び握手をし、子供達の名前と顔を一致させていく。
途中で保護者達の話が終わったのか、開けてあった教室の後ろのドアからぞろぞろと中へ入って来た。俺はかまわずそのまま子供達の名前を呼び、握手を繰り返して行った。
「皆とてもいい返事をしてくれて、ありがとう。先生は今から皆のお家の人に挨拶をするので、静かに待っていてください」
俺は子供達に向かってそう言うと、教室の中頃まで進み、後ろの並ぶ保護者の方へ目を向けた。
「お子さまのご入学、おめでとうございます。この度、縁がありまして1年3組を担任する事になりました守谷です。どうぞよろしくお願いします。元気な子供達に会えてとても嬉しく思います。子供達が学校が楽しいと思えるよう、一人一人の目がますます輝くように、指導していきたいと思います。わからないことやお困りのことがございましたら、遠慮なくお知らせください。誠意を持って対応したいと思います。一年間、よろしくお願いします」
今までと違う神妙な面持ちで言いきると、頭を深々と下げた。
さあ、スタートだ。ここから一年間、大きな事故や事件が起こりませんようにと心の中で祈りながら、俺はもう一度皆に笑顔を向けた。
*****
入学式の次の日から、子供達が出来るだけ戸惑いも不安も感じず、楽しく学校に慣れていってくれるよう、一つずつ言葉をかみ砕いて教えていく。
トイレの使い方からランドセルのしまい方、授業中の注意(立ち歩かない、先生の話を聞く等)から返事の仕方等々……教える事は山程ある。
それでも子供達のキラキラした瞳が疲れも苛立ちも消し去ってくれる。
そんな調子で5日経ったその週の週末金曜日、他の学年はもう給食が始まっているけれど、1年生はまだ午前中だけで、午後になると職員室の人口密度が一気に下がった。
保護者あてに記入のお願いをしてあった家庭調査票が全て集まったので、俺は一部ずつ確認する事にした。
やっと週末になり、少し気が緩んでいたせいか、のんびりした気分で自分の席の椅子の背に深くもたれて順番に家庭調査票を見ていく。子供達の顔を一人一人思い浮かべながら、書かれている家族構成からその家族を想像する。持病やアレルギーなどの健康に関する所もしっかりチェック。そして、家までの略図を見て、だいたいの位置を確認した。
この学校へ来て3年目、この学校の校区は大体把握しているので、略図を見ただけでおおよその位置が分かった。
調査票が三分の一程済み、新たな調査票を手に取り、再び椅子を傾け気味に背もたれにもたれた。
『篠崎拓都』
この名前を初めて1年3組の名簿の中に見つけた時、少し胸がきしんだ。ここは美緒の母校だから、校区内に同じ名字があってもおかしくない。たとえ親戚だったとしても、俺には関係ないと心の中で自己完結した。
手にした調査票の保護者名を見た時、余りの驚きに俺は傾けていた椅子のバランスを崩し、派手な音を立てて椅子ごと倒れてしまった。
「守谷先生!」「大丈夫ですか?!」
その音に驚いた1年生の担任達が口々に声をかけてくれる。
俺は立ち上がると「すいません。大丈夫です」と皆に頭を下げ、倒れた椅子を元に戻し、落ちた調査票を拾い上げた。
再び椅子に座り、今度は調査票を机の上に置き、じっくりと見つめた。
『篠崎美緒』
保護者欄に書かれた名前は、美緒と同姓同名で、漢字まで同じだ。 続柄の欄には『母』とあった。
それを見て、俺は少し安心した。美緒が今年7歳になる1年生の母親であるはずが無い。もし母親なら、俺と付き合っていた頃にもう子供がいた事になるのだから。
しかし、次の項目を見て、また驚きで心臓が嫌な風に跳ねた。勤め先欄には『県庁 県職員』とあった。県職員なら美緒と同じだ。でも、県庁なら、やはり別人だろう。そうだ、あいつはK市に居るんだ。
俺は別人である証拠を探した。それでもさっきから目に入っている数字から意識をそらす事は出来なかった。
『26歳』
19歳の時に産んだ子供なら、あり得る話だろう。でも、ここまで重なる部分が増えて来ると、一つの可能性を否定しきれなくなる。もう心臓はあり得ない程早く打ちつけている。
俺は最初に書かれていた住所を確認した。美緒の実家のある住所と同じだけれど、番地まではわからない。俺は慌てて別の紙に書かれた略地図を見た。
……こんな事……有る筈が無い。
美緒と同姓同名の女性が美緒の実家に住み、美緒と同じ県職員で同じ26歳……。
そして、美緒と違う所は、拓都と言う子供がいる事。
俺は茫然とその調査票を見つめた。
そう言えば、字も似ている気がする。
これは何かの悪戯か?
エープリールフールはもうとっくに過ぎたじゃないか。
気分の悪くなる現実を俺は受け止めきれない。
俺はフラリと立ち上がった。
頭を冷やさなければ……。
「守谷先生、顔色悪いけど、さっき頭を打ったんじゃないの?」
学年主任も兼ねる1年1組の担任が心配気な顔で俺を見上げた。
「いえ、大丈夫です。頭は打っていません」
俺は心配かけないよう口の端を少し上げて微笑み、職員室のドアに向かってフラフラと歩いて行った。丁度その時5眼目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
何も考えずに職員室を出て来たけれど、どこへ行くあてもない。とりあえずトイレへ行き、鏡を覗きこんだ。
なんて顔してるんだ。
俺はバシャバシャと冷たい水で顔を洗った。それでも、顔に貼りついた動揺が流れて行かない。
まだ、あいつと決まった訳じゃない。
けれど、そんな言葉は慰めにもならない。その上、言葉にしたくない一つの想像が、頭の中で暴れ回っている。
――――――もしかして……ケッコンしたのか?
想像を言葉にした途端、頭の中は真っ白になり、思考が停止した。
俺は再びフラフラと廊下へ出ると、やはり外の空気を吸おうと、職員用の出入り口へと向かった。
外へ出ると、丁度5限目が終わって帰って行く別の学年の子供たちが出て来た所で、皆が口々に「先生、さようなら」と挨拶して行く。「さよなら。気を付けて帰れよ」と声をかけながら、次々と出て来る子供達を見送った。
子供達が行ってしまうと、俺は大きく息を吐き出した。
どんな現実にしろ、俺が担任であいつの子供が俺の教え子である事は変えようのない事実なのだから、受け入れるしかないんだ。
少し冷静になった俺は、『俺もさっさと新しい恋を始めればよかったな』と自嘲気味に笑った。




