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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
20/85

#20:感化される想い【2】

 しばらく本題に触れず、ピザやバスタ等を食べながら学校でのたわいもない話をした。

 妃先生は昨日の同級生達といた時の事を思うと、どこか沈んだ様子だ。

 何がそんなに彼女を思い詰めさせているのか。


「守谷先生、巻き込んでごめんなさい」

 妃先生は話が途切れると突然謝って来た。でも、俺にはイマイチ現状が理解できない。

「妃、そんなに思い詰めるな。別におまえが守谷を巻き込んだ訳じゃないだろ?」

「でも……」

 俺は二人の会話が理解できなくてイライラした。

「いったい俺は何に巻き込まれたんですか?!」

 少し怒ったような口調で言うと、二人は驚き、すぐに謝ったけれど、なかなか説明をしようとしないので、ますますイライラが募って行った。

「妃、守谷に話してもいいか? 守谷なら口が堅いって」

「分かりました。私から話します」

 妃先生は覚悟を決めたように俺の方に視線を向けた。


「私、この外見のせいで今まで嫌な思いばかりしてきたんです。笑い返しただけで気があると思われてストーカー被害にあったり、襲われかけたり、女性からは媚を売ってるとか、努力してきた事もこの外見で得たのだろうと言われたり……本当に一時はひどい人間不信になりました」

「わかるよ。俺は男だからそこまで嫌な思いはしてこなかったけど、外見のせいで酷い誤解を受けたり、まとわりつかれたりはあるよ」

「そう、守谷先生も同じような思いをしたんですね。私はそれですっかり男性不信になって……と言うか、怖くなってしまって、必要以上に近づかないようにしているんです。だから、恋愛も結婚もしないと思っていました」

 美しさを武器にする女性もいるのに、彼女にとっては全てマイナスでしかなかったなんて……なんだか怒りの様な理不尽さを感じた。兄や俺が感じて来た理不尽なんて、男であると言うだけでずいぶん楽なものだったのだと、今更ながらに実感した。

「でも……誰も好きにならないなんて思っていてもダメでした。気持ちを押さえれば押さえる程膨れ上がって、忘れるために大学は地元を離れてたけれど、やっぱりこの想いを消す事ができなかった。彼は高校時代から彼女がいて、成人式の時もその彼女と一緒でした。だから私の想いは封印していたんです。だけど、その後に彼が彼女と別れたと聞いて……本当はそれでも自分から何か行動を起こすなんて考えてなかったけど……大学の時の友達に言われたんです。このまま何もせずにいて後悔しないのかって……それで地元へ帰って来たんです」

 えっ?

 妃先生、好きな人がいるんだ。それも、高校の頃から想い続けている人が……。

 そんなに長い間……。

 忘れるために地元を離れて、ずっと逢わずにいても忘れられなかった人。

 俺もこの地を離れて地元へ帰っても、この想いは消す事が出来ないのだろうか?

 でも、妃先生の場合は、相手がフリーなら、想いを伝えれば上手くいくはず。

 彼女は教師になってもう2年以上が経っている。地元へ戻って来て想いを伝えたなら、もしかしてもう付き合っているのかもしれない。

 こんなに美しい女性に告白されて、フリーなら断らないだろう。それに、彼女は美しさだけを武器にしている様な女性じゃなく、真面目で努力家だし、子供達に向ける笑顔はどこまでも優しい人だから。


「それで、その人と付き合ってるの?」

 俺は話の途中なのに思わず訊いてしまった。けれど彼女は「とんでもない」と慌てて否定の言葉を返した。

 とんでもないって……まさか?


「ほら見ろ。守谷だって思うだろ? さっさと告白してしまえば、今頃こんな事で悩まなくていいんだよ」

「前にも言ったけど、それは嫌なんです」

 広瀬先生の言葉に、妃先生は真っ直ぐな瞳で言いきった。

 けれど俺は、二人の会話の真意がイマイチわからない。


「あの……えーっと、話が良く見えないんだけど……」

「あっ、ごめんなさい」

「よーするに、妃は好きな相手にいきなり告白するんじゃなくて、友達から始めたいんだそうだ。その癖相手が合コンに出るとか聞くと、動揺してるし……」

 広瀬先生の大雑把に要約した話を聞いて、最初に広瀬先生が言っていた言葉を思い出しピンと来た。

「もしかして、妃先生の好きな人って木下さんですか?」

 俺は昨日初めて会った妃先生の同級生だと言う人達を思い出した。

 元気で明るく絡み上戸の梶川さんと、穏やかで人の良さが表に現れている様な木下さん。確かに妃先生の好きな人だと思って思い返すと、木下さんに向ける笑顔は嬉しそうだった。好きな小説のジャンルや作家が共通するらしく、その作家の新作について話をしていた二人の楽しそうな雰囲気を、仲が良い同級生だと思って見ていた。

 そこに恋愛の要素が入るなんて想像すらしなかった。

 それは妃先生が美人過ぎるからだろうと思う。彼女の隣に並ぶ人はやはり人目を引く外見だろうと勝手に思い込んでいた。だからと言って、木下さんの外見が悪いと言う訳ではなく、本当に普通のどこにでもいるような男性だ。

 ダメだよな、見かけで判断するなんて……。

 自分も見かけで判断されて嫌な思いをした事もあるのに、やはり自分の中にもそんな俗な考えがあった事が情けなかった。

 俺のそんな考えを巡らせた上での問いかけに、妃先生は少し頬を染めて頷いた。

「まったく、さっさと告白してしまえば、守谷を巻き込む必要も、そんなに思い詰める必要もないだろ」

 広瀬先生は少し怒ったように言ったけれど、彼の後輩に対する思いやりゆえの言葉だと思う。

「妃先生、告白しないんですか?」

 広瀬先生の言うように、彼女が告白したらもっと早く付き合えていただろうにと思う。なぜしないのだろうか? 

「したくないんです」

 え?

 何もせずに後悔したくないから地元へ帰って来たんじゃなかったのか?

「皆告白さえすれば上手くいく様な事を言うけれど、だから嫌なんです。外見だけでOKしてもらったって、ちっとも良くないです」

 妃先生は訴えるような眼差しで俺を見た。それでも俺は彼女のかたくなな思い込みに少し反発を感じた。

「外見だけって……木下さんは外見しか見ない様な人なんですか?」

 俺の問いかけに彼女はハッとして、そして自信無げに「そう言う訳じゃないけど……」と俯いた。


「妃が何を怖がってるか知らないけど、このままじゃ永久に木下は自分が妃の恋愛対象になるとは思わないぞ。ずっと良い友達のままでいいのか?」

 広瀬先生の真摯な物言いに、妃先生は少し動揺した様な感じだったけれど、顔を上げると真っ直ぐに広瀬先生を見て話し出した。


「広瀬先生には感謝してるんです。私なんかが同好会の練習にまで顔を出すのを良く思わない人もいると思うのに、皆さんに根回ししてくださって、快く受け入れてくださった事や、木下君とも高校生の頃のようにまた話せるようになった事とか……だから、もうこれで充分なんです」

 彼女のかたくなさは、彼女の容姿ゆえに理不尽に受け続けて来た周りからの攻撃にも似た扱いのせいなのだろう。これだけの美しさを手にしたのだから、もう何も望んではいけないとでも言うように、あまりに卑屈過ぎないだろうか。その手にした美しささえも過去に暗い影を落としていると言うのに。

 俺は二人の会話を聞きながら、何とも言えないやりきれなさを感じていた。


「なぁ、妃。これで充分だって言うけどさ、合コンの話が出ただけで辛そうな顔していたぞ。まあ、俺は妃の気持ちを知ってるからそう見えたのかもしれないけど……だから昨日言ったように、合コンに守谷も参加してもらえば、木下に彼女ができる確率が大幅に下がると思うんだよ」

 広瀬先生は妃先生を説得するように話しかけているけど、その内容、ちょっと待った。


「広瀬先生、巻き込むってこういう事だったんですか?」

 俺は驚いて思わず口を挟んだ。そう言えば最初に今回だけ参加して欲しいって言われたっけ……。

 どうやらこの二人は昨日の打ち上げの後、合コンについての対策を話し合ったようだ。


「守谷先生、ごめんなさい。でも、守谷先生まで巻き込むのは本意じゃないので、合コンの話は無かった事にしてください。昨夜いろいろ考えたんですけど、もしも彼に合コンで彼女が出来たとしても、それが運命だと受け入れるつもりです」

 俺は妃先生の謝罪の言葉を聞きながら、無性にイライラしてきた。

 なんなんだ。そのネガティブ思考は。


「妃先生。どこまでネガティブで他人本位なんですか。 彼に彼女ができたら運命だと受け入れる? そんな不確実な未来のために全てを諦めるんですか? どうしてもっともがいてみないんですか? 告白したとして、外見ででもOKしてもらえば上等じゃないですか。告白して相手も同じ思いでいる事の方が少ないですよ。付き合い始めてから、相手に好きになってもらえるよう努力すればいいじゃないですか。上手くいく可能性があるのなら、どうして頑張らないんですか? 贅沢ですよ」

 俺は胸の中にあったモヤモヤした思いをぶちまけた。目の前の二人は驚いて絶句しているが、そんな事はどうでもいい。

 手の届く所にある恋を諦めるなんて……じゃあ俺の場合はいったいどうすればいいんだ。

 もう二度と手が届かないだろう恋を、この想いを、捨て去る事も諦める事も出来ないんだ。


「ごめんなさい。私……」

 赤くなって俯いてしまった妃先生を見て、やっと自分が先輩に向かって生意気な事を言ってしまった事に気付いた。

「こちらこそ、すいません。生意気言いました」

「いやいや、さっきのはガツンと来たよな、妃。守谷の言う通りだよ。高校の時からずっと忘れられなかったんだろ? 何もせずに後悔したくないんだろ? 俺達はいくらでも協力も応援もするから」

 広瀬先生の言葉を俯いたまま聞いていた妃先生は、しばらくそのまま考え込むように俯いていた。

 俺達は彼女の思考の邪魔をしないようにただ見守っていた。

 やがて、彼女は何か吹っ切れたように顔を上げると、自然な微笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。そうですね。お二人の言う通りです。……私、怖かったんです。自分の気持ちを伝えて拒絶されてしまったら、想い続ける事さえ諦めなきゃならない気がして……。彼と友達のように話せる今が幸せだから、この関係を壊したくなくて……でも、ちょっともがいてみる気になりました。まだ……想いを伝える勇気は無いけど……前向きにアプローチしていこうと思います」

 晴れ晴れとした表情の妃先生を見て、俺は詰めていた息を吐き出した。

 恋は時に人の心を弱くさせるけれど、強く大きくさせるのも恋のなせる業なのだと彼女を通してしみじみと感じていた。

 俺の恋はどこへ向かって行くのだろう。

 想い続ければ、どこかで又巡り合う事が出来るのだろうか……。


              *****


 合コンは広瀬先生がどんな手を使ったのか知らないが、俺達も木下さんも参加せずに済んだ。梶川さんと同じ会社には他にも沢山独身男性がいるので、問題は無かったようだ。梶川さんにはガッカリされたけれど。

 あれから妃先生は少しずつ積極的になっているようだった。

 先日も彼女と木下さんの好きな作家の小説が映画化され、その映画のペアの鑑賞券が当たったからと妃先生の方から誘っていた。

 本当は鑑賞券なんか当たっていないのに、広瀬先生ご指導のアプローチの仕方らしい。買ったものだと相手に気を使わせるし、木下さんを誘うと決まって一緒にいる梶川さんも一緒に行きたがるのを牽制するためだった。ペア券しかないと分かれば、原作ファンの二人に遠慮するだろうと言う事らしい。

 妃先生の気持ちを知っているせいか、最近の妃先生を見ていると、相手や周りにバレるんじゃないかと思う程、気持ちが零れそうな笑顔だ。

 それでも周りの皆は気付かないのか、梶川さん曰く「おまえらホントに気が合うよな」となるらしい。きっと、木下さんも気の合う友人と思っているんだろうな。

 なんとなく妃先生が不憫になるけれど、この間嬉しそうに「最近はメールのやり取りもするようになったんですよ」と教えてくれた。

 それって、惚気じゃないのか……。


 妃先生のように、自分の気持ちに素直になれる事が羨ましい。

 自分の心の奥深く閉じ込めている想いを、たまにはそっと取り出して、想いのままに抱きしめたい。

 そう言えば、あの後、妃先生が言っていた言葉を思い出す。

 『彼を忘れようと離れていた約6年間、苦しい事も辛い事もあったけど、誰かを想う気持ちって心を温める温もりなんだと思うの。だから、手放せなかったんだと思う』

 

 そう、この温もりを、俺はやっぱり手放す事なんてできないんだ。

 

 


 

 

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