#12:長い帰省
それからも俺達は小さな思い出を積み重ねながら、穏やかな日々を過ごしていた。
3度目のクリスマスは平日で、彼女のいるK市の隣の町まで会いに行った。
お正月は一緒に初詣に行き、3度目のバレンタインも平日だったから、直前の週末にスキーまでは行けないからと俺達の始まりの雪山へ再び行った。冷たい雪も溶かしてしまいそうに、俺達の心は温かかった。
俺は夏に教員採用試験が控えているので、2月一杯でアルバイトを辞める事にした。そして、3月の初めから3週間程実家へ帰る事にしたんだ。それは、いろいろな事が重なって、とても長い帰省となった。
今まではアルバイトがあるから、長期の休みでも長く帰る事が出来なかったから、この機会にと高校の時の友人達とスキーに行く約束をし、クラブの仲間たちとも集まる約束をし、今年教育実習をお願いする予定の母校を訪ねるつもりだし、なんと言っても、兄貴達夫婦に赤ちゃんが生まれ、その子に会えるのが今から楽しみだった。
彼女の方も3月の半ばは仕事で帰れないと言うので、最初の予定よりも長くなってしまったんだ。
2月の最終の週末、俺達はしばらく会えないからと、彼女は金曜日の夜から泊りに来てくれた。いつもと変わらぬ二人の距離。いつもと変わらぬ彼女の笑顔。抱きしめると彼女は嬉しそうにほほ笑んだんだ。
俺は予定通り3月の始めから帰省した。いつも正月やGW、お盆に2~3日ぐらいなら帰省していたが、今回のように長い帰省は大学へ入ってからは初めてだった。
今回の帰省で一番の楽しみは、去年の4月に結婚した兄夫婦の2月の始めに生まれた赤ちゃんに逢える事。3月の始めに義姉も実家から戻ると言うので、時期を合わせたのだった。
赤ちゃんは女の子で、こんなに可愛い赤ちゃんを見るのは初めてだと思う程、可愛かった。これって、叔父バカなのかな?
名前は葵で、守谷家の漢字一字の名前の伝統は守られているらしい。
俺が美緒と選んだお祝いの子供服を渡すと、義姉は「慧君も美緒ちゃんも、センス良いねぇ」と喜んでくれた。
翌週には計画通り、中学の頃からの友達の綾瀬を含む高校の時の仲間達と3泊4日の平日スキーに出かけた。スキーと言っても俺以外はボードだけどな。毎年、ボードやらないのかと聞かれるけど、もう少しスキーを極めたいと思っている。
平日に長期でスキーに行けるのも大学生の特権で、けれど3年の今の時期は就活の一番忙しい時期らしく、来られない奴もいた。
「慧の彼女、年上だって? 高校の時も年上と付き合ってたよな」
「俺は年下がいいな」
「おまえ、選んでられるのかよ」
「うるさい! リア充」
スキー場のロッジの夜は、ワイワイと宴会状態で、久しぶりに羽目をはずして騒いだ。
親友と言える綾瀬にだけは彼女との事を最初から話をしていたので、皆とは違う目線で「彼女と上手くいってるのか?」と訊いて来た。俺はニヤリと笑うと「ああ、バッチリ」と返した。
こうして離れていても不安を感じない程の絆は結べていると思う。
バレンタインに行った雪山で、俺は彼女に言ったんだ。
『今は学生だけど、絶対教師になるから、これからもこうやってずっと一緒にいて欲しい』
彼女は少し驚いた顔をした後、優しく微笑んで頷いてくれた。これって、プロポーズになるのかな?
それから俺達は二人で一緒にいる幸せを実感し、同じ未来を夢見て語り合った。
だから、3週間程会えなくても不安も疑いもなく、繋がっている事を素直に信じられたんだ。
彼女に、昼間撮った雪山の写真を写メールした。
俺達はお互いの性格ゆえか、あまり電話やメールを頻繁にやり取りしない。帰省してから電話したのは、最初の日とスキーに行く前日で、メールも兄貴の赤ちゃんの写メールと今回の写メールのみだった。
彼女からは写メールを送ると必ず返事が返ってくるけど、彼女の方からは写メールがたまに来るぐらいで、電話も余程用事がない限りかかって来ない。その事に少し不満は感じるものの、俺の方もマメに連絡取るタイプじゃないので、お互い様なのかもしれない。
その上、彼女は携帯を鞄へ入れたまま忘れきっている事も多い。何度電話を書けても出ない時は、マナーモードにしたまま、鞄の中に忘れられている。眠る前にやっと携帯の存在を思い出して、メールが返ってきたりするんだ。
今回の帰省は3週間の予定だったけれど、3週間目の週末に彼女は甥の子守りがあるからと言うので、俺はもう一週間実家にいる事にした。
その週末は彼女のお姉さん夫婦の結婚記念日らしく、二人のデートのために甥っ子との留守番を申し出たらしい。
お姉さん夫婦の結婚記念日だったその夜、俺は彼女に何度か電話をしたが、また携帯の存在を忘れられているのか出なかった。
お姉さん達のデートの話に夢中になって携帯の事を忘れてるんだろう。俺は苦笑するとメールする事にした。
『何度も電話をしたけど、忙しいみたいだね。美緒の事だから、携帯の存在自体忘れてるんだろ? そんな調子で俺の事まで忘れないでくれよ。来週の週末までには帰るから、来週末は会おう。また連絡するよ』
このメールに気付くのも、いつになる事やら。
俺は返事を待つことなく、眠りに着いたのだった。
翌日の朝、携帯のランプが点滅し、メールの着信を知らせていた。
『慧、何度も電話貰っていたのに、ごめんなさい。実はお義兄さんが急に海外転勤が決まって、今その準備の手伝いで忙しいの。月曜日も休みを取って手伝う予定なので、電話できないと思う。また連絡します』
送信時間は、夜中の2時だった。俺はそのメールの内容に驚いた。
えっ? 海外転勤? 急にって、急過ぎるだろ? そんなに急に海外転勤なんて言われるものなのか?
それに結婚記念日のデートは?
転勤が急に決まってデートの予定も流れてしまったのか。
それにしても、サラリーマンは大変だな。海外って、どこへ行くんだろう?
それに、美緒と来週末には会えるんだろうか?
このメールには明日の月曜日まで手伝うってあるから、週末は大丈夫だろう。
美緒も大変だなと思いながらも、そのうちに連絡が来るだろうと、俺は大して気にも留めなかった。
実家滞在が1週間延びたおかげで、母親からしっかりこき使われた。義姉は赤ちゃんの世話があるので、買い物などは俺の係りになった。
急なお使いを頼まれ、車を出しているより自転車の方が早いと、俺は高校の時の自転車で家を出た。もうすっかり春めいている。家の近くの桜並木を通った時、膨らんで先がピンク色になった蕾を見つけた。自転車に乗ったまま足を地面に着けて止まると、携帯でピンクに膨らんだ蕾をカメラ機能で切り撮った。
『実家の近くの桜並木の桜の蕾も膨らんで来たよ。桜が咲いたら、一緒に見に行こう』
彼女に写メールを送ると、胸に暖かいものが込み上げてきた。
早く美緒に逢いたいな。
そして俺は木曜日の夜に自分の部屋へ帰って来た。週末に彼女が来るだろうから、一ヶ月近く締め切っていた部屋の掃除をするため、週末より一日早く帰って来た。
帰ってすぐに彼女に電話をしたが、出なかった。また携帯の存在を忘れてるな。俺は仕方なく帰ってきた事をメールで知らせた。
彼女からメールは又夜中で、翌日の朝メールの着信に気付いた。
『慧、電話やメールを貰ってたのに返事が遅くなってごめんね。明日の夜はそちらへ行けないけど、土曜日の午前中、芝生公園の駐車場で逢わない? 暖かくなってきたから、たまには公園で待ち合わせしたいので。よろしくお願いします』
芝生公園で待ち合わせ?
あの公園も桜の木の多いところだから、ちらほら咲き始めているかもしれない。
この前あんな写メールを送ったから、桜を見に行きたいと言う事だろうか?
『美緒、明日の事、了解。芝生公園の桜が気になったのか? たまには公園で待ち合わせもいいかもな。一か月ぶりだから、早く逢いたいよ』
そのメールに返事は来なかった。
俺は頭の隅で妙な違和感を感じたけれど、気にしない事にした。
彼女とこんなに逢わなかったのは、彼女の就職試験の時以来だ。だから、公園で逢おうなんて言ったのかもしれない。
あの時みたいに、久々に逢う事が気恥かしくて、どこか照れてしまうからだろうか?
自然の中で逢う方が、気恥かしさが紛れるとか……。
俺は、彼女の公園での待ち合わせを指定した気持ちをあれこれと想像しながら、彼女と逢える嬉しさに包まれて眠りに着いた。
今回のお話は、「いつか見た虹の向こう側」の番外編に女性視点がありますが、まだこの先の話のネタバレになりますので、次話を読まれてからの方がいいかもしれません。
このお話はアルファーポリス様の「恋愛小説大賞」にエントリーしています。
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