表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2度目の悪役令嬢は、断罪回避をあきらめて「引きこもり薬師」を目指します  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話:取引と決意


 王宮の回廊を、二つの影が疾走していた。

 先頭を行くのは、雨に濡れた軍服姿の王太子クライヴ。その後ろに、深いフードを目深に被った小柄な影──「謎の薬師」ことエリーゼが続く。


「……急げ。宰相たちが『隔離』と称して、父上の寝室を封鎖している」


 クライヴの声には、焦燥と殺気が混じっていた。

 彼の手には、エリーゼが調合した琥珀色のフラスコが握りしめられている。

 それは王の命であり、同時に二人の婚約を断ち切るための「手切れ金」でもあった。


 王の寝室前には、重厚な鎧を着た騎士たちと、豪奢な法衣をまとった宰相が立ちはだかっていた。


「おや、殿下。このような深夜にどちらへ?」

「退け、宰相。父上に会う」

「なりませぬ。陛下の『石化の呪い』は感染力が高い。国体の護持のため、何人たりとも……」


 宰相が慇懃無礼な笑みを浮かべて道を塞ぐ。

 その背後、寝室の扉の前には、ピンク色のドレスを着た少女──ミア・キャンベルが跪き、祈りを捧げていた。


「ああ、女神よ……。私の愛で、陛下の穢れを浄化したまえ……」


 甘ったるい香水の匂いが、回廊に充満している。

 エリーゼはフードの下で顔をしかめた。

 (バカなの? 呼吸器系が弱っている病人に、あんな揮発性の刺激物を吸わせるなんて)


「……そこを退けと言っている!」


 クライヴが声を荒らげるが、騎士たちは動かない。宰相派の私兵だ。

 宰相は、クライヴの背後にいる小柄な人影に目を留めた。


「おや、そちらの不審な者は? まさか、噂の『魔女』を連れ込んだのではありますまいな?」

「この者は私が招いた専門医だ。父上を診せる」

「医者? はっ、平民の民間療法など! 見なさい、あそこにいる聖女ミア殿の献身的な祈りを。あれこそが唯一の救いなのです」


 宰相が芝居がかった手振りで示す先で、ミアが立ち上がった。


「殿下ぁ! 安心してください! 私の光魔法なら、どんな呪いもイチコロですぅ!」


 ミアは自信満々に寝室の扉を開け放った。

 その瞬間、中から漏れ出したのは、死臭に近い腐敗臭だった。


「……!」


 クライヴが息を呑む。

 天蓋付きのベッドに横たわる国王の姿は、あまりに無惨だった。

 顔の半分が灰色の石と化し、喉元まで硬化が進んでいる。呼吸は浅く、ヒューヒューという音が辛うじて命を繋いでいる状態だ。


「さあ、見ていてください! 『聖なる癒やしの光よ(ホーリー・ヒール)』!」


 ミアが両手をかざし、眩い光魔法を発動させる。

 光が王の身体を包み込む。

 普通なら、これで傷が塞がるはずだ。

 だが──


「ガ、アアア……ッ!」


 昏睡していたはずの王が、苦悶の声を上げた。

 光を浴びた石化部分が、まるで栄養を得た植物のように脈打ち、急速にその範囲を広げ始めたのだ。首から胸へ、心臓へと、灰色の侵食が走る。


「え? え? なんでぇ!?」


 ミアが悲鳴を上げる。

 石化病の病原体は魔力を捕食して増殖する。彼女がやっているのは治療ではない。「餌やり」だ。


「やめろ! 父上が死ぬ!」


 クライヴが飛び出そうとするが、騎士たちが剣を抜いて阻む。

 宰相が冷酷に告げる。

 

「お静かに。これは好転反応です。聖女様の奇跡を邪魔する者は、王太子といえども拘束せよ!」


 もはや隠そうともしない。王をこのまま死なせ、治療を妨害した罪をクライヴになすりつける気だ。

 絶体絶命。

 その時、静寂を破る音が響いた。


 カツン、カツン。

 硬質なブーツの音。


「……どきなさい。素人が」


 フードの奥から響いたのは、絶対零度の冷徹な声だった。

 エリーゼが一歩前に出る。

 阻もうとした騎士の顔面に、懐から取り出したガラス瓶を投げつけた。

 パリンと割れ、紫色の煙が広がる。


「ぐあっ!? め、目が……!」


 催涙ガスだ。騎士たちが怯んだ隙に、エリーゼは王のベッドサイドへ滑り込む。


「なっ、何をする無礼者! 衛兵、斬り捨てろ!」


 宰相が叫ぶ。

 ミアが「私の患者取らないでよぉ!」と喚く。

 だが、エリーゼは無視した。

 目の前の患者(王)の喉元に、聴診器代わりの耳を当てる。

 心拍微弱。石化進行度、ステージ4。あと数分で心臓が石になる。


「殿下、押さえて!」


 叫ぶと同時、クライヴが騎士を振り切って駆け寄り、王の上半身を固定した。

 阿吽の呼吸。

 エリーゼはフラスコの栓を抜き、王の口をこじ開け、その液体を一滴残らず流し込んだ。


「そんな汚い泥水を陛下に……! 毒殺だ! 現行犯で捕らえろ!」


 宰相が勝ち誇ったように叫ぶ。

 ミアも「やっぱり魔女だわ!」と非難の声を上げる。

 騎士たちの剣が、エリーゼの背中に迫る。


 だが、剣が振り下ろされるより早く──

 

 ピシッ。

 

 乾いた音が、部屋中に響き渡った。


 全員の動きが止まる。

 王の顔を覆っていた灰色の石に、亀裂が入っていた。

 

 パキ、パキパキパキッ!


 音は連鎖する。

 石化した皮膚が、まるで脱皮するようにボロボロと剥がれ落ちていく。

 その下から現れたのは、血色の良い、健康な肌だった。

 硬直していた胸郭が大きく波打ち、王が深く息を吸い込む。


「ぷはっ……! あ、ああ……息が、できる……」


 王が目を開けた。

 その瞳は濁りのない理知的な光を取り戻していた。


「な……」


 宰相が腰を抜かしてへたり込む。

 ミアが「嘘ぉ……」と口を開けたまま固まる。

 魔法でも奇跡でもない。

 ただの化学反応ケミストリーが、神秘のヴェールを剥ぎ取り、現実を突きつけたのだ。


「……成功、ですね」


 エリーゼは小さく息を吐き、空になったフラスコを置いた。

 フードを脱ぐ。

 現れた銀髪と、冷ややかなアメジストの瞳が、狼狽する宰相たちを射抜いた。


「ローゼン公爵令嬢……!?」


 宰相が呻く。

 魔女の正体は、彼らが「引きこもりの無能」と侮っていた少女だった。


「陛下。ご気分はいかがですか」

「……ああ。身体が軽い。……そなたが救ってくれたのか、ローゼン家の娘よ」

「いいえ。私はただの通りすがりの薬師です」


 エリーゼは淡々と答え、隣で呆然としているクライヴに向き直った。

 そして、無言で右手を差し出した。


 『契約履行』の合図だ。


 クライヴの顔が歪む。

 父は助かった。国も守られた。

 だがその代償として、彼はこの最高に有能で、愛しい女性を手放さなければならない。

 

「……エリーゼ」

「約束です、殿下」


 彼女の目は揺らいでいない。

 ここで情に流されれば、また「都合のいい女」として政治に利用される。彼女は自分の自由と平穏を選び取ったのだ。


 クライヴは血が出るほど拳を握りしめ、やがて力なく頷いた。

 王宮の夜明け。

 それは、国が救われた希望の朝であると同時に、二人の関係が終わる絶望の朝でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ