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役立たずの聖女と仲良く没落してください〜私は「真の次期当主」である有能な義弟と再婚します〜

作者: 希羽
掲載日:2025/11/16

「リーゼロッテ・アークライト! 貴様のような血も涙もない『氷の女』との婚約は、今ここで破棄する!」


 学園の卒業記念パーティー。


 その華やかな喧騒は、壇上に立った私の婚約者――クロード・ヴァーミリオン公爵令息の叫び声によって、瞬時に静まり返った。


 音楽が止まる。


 ダンスを踊っていた生徒たちが、何事かと注目する。


 クロードの隣には、ピンク色の髪をした可愛らしい男爵令嬢、マリアが震えるように身を寄せていた。


 絵に描いたような「断罪イベント」の光景。


 周囲からは「まあ、リーゼロッテ様がおかわいそうに……」「いや、あの女は冷酷だからな」といったヒソヒソ話が聞こえてくる。


 けれど。


 衆人環視の中で指をさされた私は、扇子の陰で小さくため息をつき、懐中時計を確認した。


(……現在時刻は20時00分。素晴らしいわ)


 私は心の中で、クロードに初めての称賛を送った。


 彼が私の予測したスケジュールの通り――正確には「次期当主育成プログラム」の契約期間満了の瞬間に、この茶番を始めてくれたことにだ。


「……聞いていないのか、リーゼロッテ! 僕は真実の愛を見つけたんだ! マリアこそが次期公爵夫人にふさわしい!」


 クロードが再び叫ぶ。


 その顔は高揚し、自分が正義の英雄であると信じて疑わない表情だ。


(やれやれ)


 感情だけで動き、リスク評価も事後対応策も何も用意していない。


 経営者(トップ)として最も忌避すべき「無計画な情動」の見本のような男。


 私はゆっくりと扇子を閉じ、冷ややかな視線を彼に向けた。


「クロード様。念のために確認させていただきますわ」


 私の声は、よく通った。


 プレゼンテーションで鍛えた発声だ。


「ただ今の『婚約破棄』というお言葉。それは一時の感情ではなく、ヴァーミリオン公爵家の次期当主としての、公式な意思決定ということでよろしいのですね?」

「あ、ああ! もちろんだ! 父上にも事後報告で納得してもらう!」

「事後報告……そうですか。利害関係者への根回しもなく、トップダウンでの契約解除強行。……なるほど」


 私は手元に持っていたクラッチバッグを開けた。


 中から取り出したのは、ハンカチではない。

 事前に用意していた、分厚い羊皮紙の束だ。


 表紙にはこう書かれている。


 『第4四半期 次期当主適性評価レポート 兼 契約解除通知書』と。


「な、なんだそれは」

「クロード様。わたくし、貴方との婚約期間中、ずっと我慢しておりましたの」

「はん、今さら泣いて謝っても遅いぞ!」

「いいえ。貴方のその『圧倒的なROI(アールオーアイ)の低さ』に、です」

「……は? アール……なんだって?」


 きょとんとするクロードと、状況が飲み込めず不安そうに上目遣いをするマリア。


 私は羊皮紙の束を、バサリと彼らの足元に投げ捨てた。


「本来なら卒業と同時に提出する予定でしたが、前倒しで結構です。――そこには貴方の過去3年間の『無駄遣い』『業務怠慢』そして『公爵家資産の私的流用』の全記録が記載されています」

「なっ……!?」

「領民への救済予算を聖女マリア様のドレス代に計上。視察と称した温泉旅行の経費申請。全て却下し、私のポケットマネーで補填して帳尻を合わせてきましたが……それも今日で終わりです」


 私はニッコリと、ビジネス用の一番美しい笑顔を向けた。


「おめでとうございます、クロード様。貴方の『次期当主適性』の最終評価は、文句なしのEランク、廃嫡(はいちゃく)対象です。――さあ、これにて私のコンサルティング業務は終了。これからはその『真実の愛』とやらで、借金の返済頑張ってくださいませ?」

「な、なんだこのデタラメな数字は……! 借金? 横領? 僕は次期公爵だぞ! 家の金を使って何が悪い!」


 クロードは足元の羊皮紙を拾い上げ、顔を真っ赤にして喚いた。 


 その隣で、聖女マリアが涙目で私を睨みつける。


「ひどいです、リーゼロッテ様! クロード様は領民のために、私の『聖女活動』を支援してくださっただけなのに! お金のことばかり言って……愛がないんですか!?」


 会場中の生徒たちが、固唾を飲んで私を見守っている。

 悪役令嬢らしく激昂するか、あるいは冷たく嘲笑うか。

 私は、至極真面目な顔で首を傾げた。


「マリア様。貴女の言う『聖女活動』の事業収支を確認したことはありますか?」

「え……?」

「貴女が『祈りを捧げたいから』と特注した祭壇の設置費用、金貨500枚。スラム街で『パンを配りたい』と言って正規の流通ルートを無視し、高値で買い取った小麦の代金、金貨300枚。そして、それを行うために着ていたオーダーメイドの『清貧な聖女風ドレス』、一着につき金貨50枚」


 私は指を折って数え上げる。


「これらは全て、公爵家の『緊急災害対策予備費』から流用されています。おかげで、今年の冬に予定されていた堤防の補修工事は凍結されました」

「そ、それは……」

「貴女の活動は、『コストパフォーマンスが悪すぎる』のです。正規の神殿に委託すれば、十分の一の費用で同じ効果が得られます。つまり貴女は、自己満足のために公爵家の財政を圧迫し、領民のリスクを高めただけの『お荷物』ですわ」

「っ……!!」


 マリアが言葉を失い、後ずさる。

 私は視線をクロードに戻した。


「そしてクロード様。貴方はそれを監査するどころか、私の承認印を偽造して決裁を下しましたね? これは明確な『背任行為』であり、契約違反です」

「う、うるさい! 父上だ! 父上に言いつけてやる! お前ごときが勝手なことを言っていいと思っているのか!」


 クロードが壇上で地団駄を踏む。

 その時だった。


「――勝手なことを言っているのは、どちらだ?」


 威厳のある重低音が、ホールに響き渡る。

 生徒たちが割れるように道を開けた。


 現れたのは、この国の宰相も務める現ヴァーミリオン公爵――クロードの父だ。


「ち、父上! 聞いてください、リーゼロッテが狂ったんです! 僕を廃嫡だなんて……!」


 すがるように駆け寄るクロードを、公爵は冷徹な眼差しで見下ろした。


「リーゼロッテ君の報告は、全て私が受理している。先ほどの『Eランク判定』も、私の決裁済みだ」

「な……?」

「お前との婚約は、あくまでリーゼロッテ君に依頼した『次期当主育成および評価プロジェクト』の一環に過ぎん。契約条項にはこうある。『対象者が著しく資質を欠く場合、即時にプロジェクトを解散し、損害賠償を請求できる』とな」


 公爵は、私が提出した分厚いレポートを掲げた。


「素晴らしい分析だったよ、リーゼロッテ君。特に『聖女事業の撤退ライン』に関するシミュレーションは完璧だ。おかげで我が家は、これ以上の不良債権を抱え込まずに済んだ」

「恐縮です、閣下」


 私はドレスの裾をつまみ、優雅にカーテシーをした。

 クロードとマリアは、口をパクパクさせている。


「そ、そんな……じゃあ、僕は……?」

「お前は本日をもって廃嫡とする。今後は平民として、マリア嬢と共にその『愛』とやらで生きていくがいい。――もっとも、横領した金貨3000枚の返済が終わるまでは、鉱山で働いてもらうことになるがな」

「いやだ! 鉱山なんて! マリア、君の『奇跡』でなんとかしてくれ!」

「む、無理ですぅ! 私、ドレスがないと祈れないし……それに、平民になるなんて聞いてません!」


 醜いなすりつけ合いを始めた二人を、衛兵たちが引きずっていく。


 その騒ぎが遠ざかると、私はふぅ、と小さく息を吐いた。


(やれやれ。これでようやく、私の本来の業務に戻れますね)


「さて、お見苦しいところをお見せしました」


 私は会場の生徒たちに向き直り、凛とした声で告げた。

 そして、公爵の後ろに控えていた、一人の青年を手招きする。


「皆様にご紹介いたします。彼こそが、私の新しい『業務提携パートナー』であり、真の次期公爵――」


 黒髪に知的な眼鏡をかけた青年、ノアが静かに歩み出る。

 彼の手には、すでに再建計画書が握られていた。


「義姉さん……いえ、これからは『リーゼロッテ様』とお呼びしますね。迅速な処理、お見事でした。――さあ、溜まっている書類を片付けましょうか。今夜は朝までコースですよ?」


 眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、彼は楽しげに微笑んだ。

 私は思わず苦笑する。


「ええ、望むところよ。ベスト・パフォーマンスで片付けましょう」


 愚かな元婚約者は消え、ここには話の通じる有能なパートナーがいる。


 私にとってのハッピーエンドとは、愛の囁きなどではない。

 

 ――滞りなく進む業務と、積み上がる成果。


 それこそが、私の至福なのだから。


(完)

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