役立たずの聖女と仲良く没落してください〜私は「真の次期当主」である有能な義弟と再婚します〜
「リーゼロッテ・アークライト! 貴様のような血も涙もない『氷の女』との婚約は、今ここで破棄する!」
学園の卒業記念パーティー。
その華やかな喧騒は、壇上に立った私の婚約者――クロード・ヴァーミリオン公爵令息の叫び声によって、瞬時に静まり返った。
音楽が止まる。
ダンスを踊っていた生徒たちが、何事かと注目する。
クロードの隣には、ピンク色の髪をした可愛らしい男爵令嬢、マリアが震えるように身を寄せていた。
絵に描いたような「断罪イベント」の光景。
周囲からは「まあ、リーゼロッテ様がおかわいそうに……」「いや、あの女は冷酷だからな」といったヒソヒソ話が聞こえてくる。
けれど。
衆人環視の中で指をさされた私は、扇子の陰で小さくため息をつき、懐中時計を確認した。
(……現在時刻は20時00分。素晴らしいわ)
私は心の中で、クロードに初めての称賛を送った。
彼が私の予測したスケジュールの通り――正確には「次期当主育成プログラム」の契約期間満了の瞬間に、この茶番を始めてくれたことにだ。
「……聞いていないのか、リーゼロッテ! 僕は真実の愛を見つけたんだ! マリアこそが次期公爵夫人にふさわしい!」
クロードが再び叫ぶ。
その顔は高揚し、自分が正義の英雄であると信じて疑わない表情だ。
(やれやれ)
感情だけで動き、リスク評価も事後対応策も何も用意していない。
経営者として最も忌避すべき「無計画な情動」の見本のような男。
私はゆっくりと扇子を閉じ、冷ややかな視線を彼に向けた。
「クロード様。念のために確認させていただきますわ」
私の声は、よく通った。
プレゼンテーションで鍛えた発声だ。
「ただ今の『婚約破棄』というお言葉。それは一時の感情ではなく、ヴァーミリオン公爵家の次期当主としての、公式な意思決定ということでよろしいのですね?」
「あ、ああ! もちろんだ! 父上にも事後報告で納得してもらう!」
「事後報告……そうですか。利害関係者への根回しもなく、トップダウンでの契約解除強行。……なるほど」
私は手元に持っていたクラッチバッグを開けた。
中から取り出したのは、ハンカチではない。
事前に用意していた、分厚い羊皮紙の束だ。
表紙にはこう書かれている。
『第4四半期 次期当主適性評価レポート 兼 契約解除通知書』と。
「な、なんだそれは」
「クロード様。わたくし、貴方との婚約期間中、ずっと我慢しておりましたの」
「はん、今さら泣いて謝っても遅いぞ!」
「いいえ。貴方のその『圧倒的なROIの低さ』に、です」
「……は? アール……なんだって?」
きょとんとするクロードと、状況が飲み込めず不安そうに上目遣いをするマリア。
私は羊皮紙の束を、バサリと彼らの足元に投げ捨てた。
「本来なら卒業と同時に提出する予定でしたが、前倒しで結構です。――そこには貴方の過去3年間の『無駄遣い』『業務怠慢』そして『公爵家資産の私的流用』の全記録が記載されています」
「なっ……!?」
「領民への救済予算を聖女マリア様のドレス代に計上。視察と称した温泉旅行の経費申請。全て却下し、私のポケットマネーで補填して帳尻を合わせてきましたが……それも今日で終わりです」
私はニッコリと、ビジネス用の一番美しい笑顔を向けた。
「おめでとうございます、クロード様。貴方の『次期当主適性』の最終評価は、文句なしのEランク、廃嫡対象です。――さあ、これにて私のコンサルティング業務は終了。これからはその『真実の愛』とやらで、借金の返済頑張ってくださいませ?」
「な、なんだこのデタラメな数字は……! 借金? 横領? 僕は次期公爵だぞ! 家の金を使って何が悪い!」
クロードは足元の羊皮紙を拾い上げ、顔を真っ赤にして喚いた。
その隣で、聖女マリアが涙目で私を睨みつける。
「ひどいです、リーゼロッテ様! クロード様は領民のために、私の『聖女活動』を支援してくださっただけなのに! お金のことばかり言って……愛がないんですか!?」
会場中の生徒たちが、固唾を飲んで私を見守っている。
悪役令嬢らしく激昂するか、あるいは冷たく嘲笑うか。
私は、至極真面目な顔で首を傾げた。
「マリア様。貴女の言う『聖女活動』の事業収支を確認したことはありますか?」
「え……?」
「貴女が『祈りを捧げたいから』と特注した祭壇の設置費用、金貨500枚。スラム街で『パンを配りたい』と言って正規の流通ルートを無視し、高値で買い取った小麦の代金、金貨300枚。そして、それを行うために着ていたオーダーメイドの『清貧な聖女風ドレス』、一着につき金貨50枚」
私は指を折って数え上げる。
「これらは全て、公爵家の『緊急災害対策予備費』から流用されています。おかげで、今年の冬に予定されていた堤防の補修工事は凍結されました」
「そ、それは……」
「貴女の活動は、『コストパフォーマンスが悪すぎる』のです。正規の神殿に委託すれば、十分の一の費用で同じ効果が得られます。つまり貴女は、自己満足のために公爵家の財政を圧迫し、領民のリスクを高めただけの『お荷物』ですわ」
「っ……!!」
マリアが言葉を失い、後ずさる。
私は視線をクロードに戻した。
「そしてクロード様。貴方はそれを監査するどころか、私の承認印を偽造して決裁を下しましたね? これは明確な『背任行為』であり、契約違反です」
「う、うるさい! 父上だ! 父上に言いつけてやる! お前ごときが勝手なことを言っていいと思っているのか!」
クロードが壇上で地団駄を踏む。
その時だった。
「――勝手なことを言っているのは、どちらだ?」
威厳のある重低音が、ホールに響き渡る。
生徒たちが割れるように道を開けた。
現れたのは、この国の宰相も務める現ヴァーミリオン公爵――クロードの父だ。
「ち、父上! 聞いてください、リーゼロッテが狂ったんです! 僕を廃嫡だなんて……!」
すがるように駆け寄るクロードを、公爵は冷徹な眼差しで見下ろした。
「リーゼロッテ君の報告は、全て私が受理している。先ほどの『Eランク判定』も、私の決裁済みだ」
「な……?」
「お前との婚約は、あくまでリーゼロッテ君に依頼した『次期当主育成および評価プロジェクト』の一環に過ぎん。契約条項にはこうある。『対象者が著しく資質を欠く場合、即時にプロジェクトを解散し、損害賠償を請求できる』とな」
公爵は、私が提出した分厚いレポートを掲げた。
「素晴らしい分析だったよ、リーゼロッテ君。特に『聖女事業の撤退ライン』に関するシミュレーションは完璧だ。おかげで我が家は、これ以上の不良債権を抱え込まずに済んだ」
「恐縮です、閣下」
私はドレスの裾をつまみ、優雅にカーテシーをした。
クロードとマリアは、口をパクパクさせている。
「そ、そんな……じゃあ、僕は……?」
「お前は本日をもって廃嫡とする。今後は平民として、マリア嬢と共にその『愛』とやらで生きていくがいい。――もっとも、横領した金貨3000枚の返済が終わるまでは、鉱山で働いてもらうことになるがな」
「いやだ! 鉱山なんて! マリア、君の『奇跡』でなんとかしてくれ!」
「む、無理ですぅ! 私、ドレスがないと祈れないし……それに、平民になるなんて聞いてません!」
醜いなすりつけ合いを始めた二人を、衛兵たちが引きずっていく。
その騒ぎが遠ざかると、私はふぅ、と小さく息を吐いた。
(やれやれ。これでようやく、私の本来の業務に戻れますね)
「さて、お見苦しいところをお見せしました」
私は会場の生徒たちに向き直り、凛とした声で告げた。
そして、公爵の後ろに控えていた、一人の青年を手招きする。
「皆様にご紹介いたします。彼こそが、私の新しい『業務提携パートナー』であり、真の次期公爵――」
黒髪に知的な眼鏡をかけた青年、ノアが静かに歩み出る。
彼の手には、すでに再建計画書が握られていた。
「義姉さん……いえ、これからは『リーゼロッテ様』とお呼びしますね。迅速な処理、お見事でした。――さあ、溜まっている書類を片付けましょうか。今夜は朝までコースですよ?」
眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、彼は楽しげに微笑んだ。
私は思わず苦笑する。
「ええ、望むところよ。ベスト・パフォーマンスで片付けましょう」
愚かな元婚約者は消え、ここには話の通じる有能なパートナーがいる。
私にとってのハッピーエンドとは、愛の囁きなどではない。
――滞りなく進む業務と、積み上がる成果。
それこそが、私の至福なのだから。
(完)




