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世界の終わり




最初に狂ったのは、時計だった。


午前九時に止まった針は、何をしても動かなかった。


なのに太陽はゆっくりと沈み、街は夕焼けに染まっていく。


その異常に気づいたのは、彼を想って泣きながら眠れなかった夜のこと。


「もう二度と離れたくない」と願った瞬間、世界の音が消えた。


窓の外の鳥も、人の足音も、風の音さえも――止まった。



―――


彼の名前はカノン。


あの日、私を残して姿を消した人。


「生きることをやめたい」と言い残して、彼は消えた。


その言葉が、

私の中で

何百回も

爆ぜた。



息をするたび、

心臓が

その音を

繰り返す。


«やめたい»

«やめたい»

«やめたい»


――ならば、

私が代わりに生きる。


この世界のどこかで、あなたがまだ息をしていると、

狂ったように信じ続けた。


それだけが、私を人間に繋ぎ止めていた。



その想いが、あまりにも強すぎたのだろう。


願いが、祈りの形を超えてしまった瞬間、


«現実»が私の愛に引きずられた。



―――


朝になっても太陽は沈んだまま。


人々の笑顔はガラスのようにひび割れ、やがて無表情になった。


コンビニの店員も、ニュースのアナウンサーも、

同じ声で繰り返す。



「あなたの愛を確認しています」




世界が私の心を模倣していた。



―――


私は街を歩いた。


信号は赤のまま、車は一台も動かない。


公園の噴水は空に浮かび、

桜の花びらが逆流して枝に戻っていく。


――すべてが、彼と出会った日と同じ景色になっていた。


「こんなふうに、もう一度始めたい」

かつてそう呟いた私の願い。

それが今、世界を巻き戻している。



―――


そして、あの喫茶店。

カップに残ったコーヒーの香り、曇った窓、彼の横顔。

椅子に腰を下ろした瞬間、

目の前に«彼»がいた。


「……ずっと、呼んでたんだね」

彼の声は懐かしくて、泣きたくなるほど優しかった。


「うん。もう、離れたくない」


その瞬間、世界が震えた。

空がひび割れ、建物が砂のように崩れていく。


愛が、現実を壊していく。





―――



「ごめん。俺、もう人間じゃないんだ」


カノンは微笑んだ。


「お前が

«世界を止めた»から、

俺は戻れた。

でも、このままだと――世界は終わる」


「終わっていい。あなたがいれば」


「……ダメだよ」


カノンの指が私の頬をなぞる。

その指先が、ゆっくりと光になって溶けていった。


「愛が暴走すると、宇宙の法則が壊れる。

 それは神ですら戻せない」


「それでもいい。あなたを失うくらいなら」


「なら――せめて、俺ごと世界を消して」



―――


私は涙をぬぐいながら、彼の胸に手を当てた。


その鼓動が、世界の鼓動と同じ速さで鳴っている。


「さようなら」


言葉と同時に、光があふれた。


街が、海が、空が、音もなく消えていく。



―――


そして、最後に残ったのは、

«彼と私の影»だけ。


影が重なった瞬間、すべてが白くなった。



―――


気づくと、目の前に青空。


世界は最初からやり直していた。


けれど、彼の姿はどこにもない。


代わりに、私の手のひらには一輪の白い花。

その花びらの中心に、微かに彼の声がした。


「今度は、世界を壊さないでね」




私は笑った。





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