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【第5話】聖女様、今日も神殿をピカピカに

朝の神殿は、やけに静かだ。


慎は、大広間の隅っこでモソモソとストレッチをしながら、窓の外の空をぼーっと見上げていた。


「異世界って、もっとこう……ドラゴンとか、モンスターとか、あると思ってたのに」


とつぶやいてから、ハッとして慌てて辺りを見回す。まだ慣れていないとはいえ、ここは神殿。ヘタなことを言って“神罰”でも下ったらシャレにならない。

腐っても異世界転移しても日本男児。

神仏の存在は“そこそこ”信じている。

…でも、神がいるならもう少し特別な能力を授けてくれてもいいんじゃないかと思う。


結局、勇者でもなく、特別な力も発現せず、ばあばの“おまけ”として召喚された慎は、いまや“聖女後継者”という、微妙に尊いのかよくわからない立ち位置になっていた。


騎士団の人たちはなんか優しいし、侍女さんたちも丁寧に接してくれるけど、なんか「がんばれ……!」って顔をされるのがつらい。


 


◇ ◇ ◇


 

そんな慎の日課は、基本的に「神殿のお手伝い」だ。


というのも、ばあばが神殿所属になったことで、付き添いの慎も一緒に“研鑽”を積むことになった。内容はというと……


・掃除

・水くみ

・草むしり

・聖典の読み聞かせ(ウトウトしちゃう)


……まさに雑用フルコース。


「これ、修行っていうより、小学校の掃除当番……」


そう文句を言いたくなるものの、神殿での生活は案外悪くない。


部屋はきれいだし、ご飯もまぁまぁおいしい。侍女長のカトリーヌちゃんとも仲良くなって、話し相手にも困らない。


カトリーヌちゃん、年近そうだし、優しいし、ちょっといいなって…


なにせ僕はいたいけな小学5年生。

自分に優しいかわいいお姉さんが近くにいたら恋してしまうでしょう!!!



侍女のカトリーヌちゃん(18歳)は、神殿に仕える侍女長で、最近代替わりしたばかりらしい。


「私の母も早くに嫁いでましたし、もう子どもが二人いるんですよ」


そんなことを朗らかに話す彼女の笑顔は、年相応の少女らしさと、どこか母親らしい柔らかさが混ざっていて――


「えっ、結婚してるの……!? ていうか子どもいるの……!?!?!?」


慎の胸に芽生えかけた淡い恋は、あっけなく音を立てて崩れ去った。


その日から俺は、カナちゃんに対して「優しいけど手の届かない人」枠として接することになる。



ということで初恋も、2日で終わった。はかない。







 


◇ ◇ ◇



さて、今日の問題は「神殿の大広間の床がやたらベタつく」という件だった。



「どうもねぇ、魔素の影響らしいよ。じっとしてるだけでも、ほこりやらベタつきが増えるみたい」


ばあばはいつの間にか侍女や神官たちから話を聞き出して、状況を把握していた。

神殿内に「ばあばの部屋」なるものを解説してみんなの御用聞きをしているらしい。

どうやら最近、神殿の一部の空間が妙に重く、空気がどんよりしているという話だった。



「そういうのって、魔素の濃度が高いんですか?」


「せやろねぇ。見えんけど、空気がぬめっとしとる感じするわ」


ばあばはそう言うと、腰をぽんと叩きながら立ち上がった。


「よし、ここはうちの知恵袋の出番やね」


そして、どこからともなく取り出したのは……袋入りの重曹と、茶色い瓶に入った酢。


「……それって、掃除道具じゃ……?」


慎が思わず聞き返すと、ばあばはニッと笑って言った。


「そうよ。日本の主婦の味方や。重曹と酢があれば、大抵の家はピカピカになるんやから」


そのセリフを聞いた周囲の神官たちが、ザワザワとざわめき始めた。


「じ、重曹……? それは聖なる岩塩の一種か……?」

「す、酢!? 酢という響きは……“浄め”の語源に通じるのでは……!?」

「いやでも、それで魔素がどうにかなるなんて、まさか……」


何を勘違いしたのか、異世界の専門家たちが勝手に神秘性を見出し始めていた。


「ほんまに効くんかやって?」


「まぁ、見てなさいな」


 


◇ ◇ ◇


 


ばあばは、神殿の給湯室(?)のような場所で、ちゃっちゃと“魔素対策スプレー”を調合しはじめた。


桶に水を張り、そこに重曹をざばっ。

酢を加えると、しゅわしゅわ〜っと音を立てて泡が立つ。


「ほら、しゅわしゅわしてきたやろ。これで汚れも魔素も泡ごと持っていけるねん」


魔素が“泡ごと持っていける”のかどうかはさておき、ばあばの手つきは妙に手慣れていた。

なんかもう、完全に主婦歴ウン十年の貫禄である。


神官のひとりが、感動したように呟いた。


「……手つきが……まるで聖なる薬師……」


「わたしの母も、昔ああやって煎じ薬を作っておりました……」


「神殿の薬師見習いより手際が良いとは……!」


ばあばの“家事パワー”に、異世界の人々が妙な角度から崇拝モードに入っていく。


 


◇ ◇ ◇


 


そして完成した“ばあば特製・魔素対策スプレー”を持ち、大広間へと戻る。


「慎、モップはどこや?」


「え、モップ使うの!?」


「使うに決まってるやろ。こっちは膝が痛いんやで、しゃがんで磨けるかいな」


「あっ、はい!」


慎はモップを手に取り、恐る恐る床をこすり始めた。


すると――


「……ん? なんかサラサラしてきた?」


広間の床に塗布した瞬間、ベタつきがすぅっと消え、妙に空気が軽くなった気がした。

さらに何度か往復してこすると――


「ぴかーーーーん!」


本当に、床が光った。魔素の濁った空気がすうっと晴れて、神官たちの目の色が変わる。


「し、聖なる……浄化……!!」


「すごい!本当に、空気が澄んで……!」


「これは奇跡だ!……いや、ばあばの知恵……!」


拍手喝采、感嘆の声、感動して泣き出す者まで現れる始末。

“主婦力”がここまで世界を救うとは、誰が思っただろうか。


慎は、モップを握ったままそっと心の中でつぶやいた。


「……これ、俺じゃなくて、ばあばが主役だよね」


うん、まぁ、最初から薄々わかってたけど。


でもなんとなく、今日の神殿はちょっとだけ、過ごしやすくなった気がした。


そして、そんな日々のなかで、慎の異世界生活は、少しずつ“異世界の日常”になっていくのだった。

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