【第4話】聖女様、おとなしくしてるとは言ってない
神殿の客間。
侍女が、少し申し訳なさそうに差し出してきたグラスを、ばあばは「あらあら、気にせんでええよ」と笑って飲んでいる。
その隣では、慎が果実水をちびちびと啜っている。
……というか、ほぼ放心している。
(俺、マジで“付属品”なんじゃ……?)
異世界召喚されたはずが、聖女認定されたのはばあば。
騎士団の視線も、神殿の人の態度も、ぜんぶばあば中心。
(俺の異世界ライフ、どこ……)
そう内心でつぶやいた、そのとき――
バンッ!!!
重厚な扉が派手に開かれ、金ピカ王子がずかずかと入ってきた。
「やれやれ、王である父に怒鳴られたのでな。こうして話をしに来てやったぞ!」
明らかに不本意そうな顔。
ばあばを見据え、ふてくされた態度で言い放つ。
「異界の者よ、そなたが本当に聖女であると証明できるのか?」
……きたな、試練イベント。
慎が身構える中、ばあばはというと――
湯のみを手に持ったまま、まるで縁側にいるような雰囲気でにこにこしている。
「まぁまぁ、そんなに疑うこともなかろうよ。……まぁ、見てなさいな」
その穏やかな声に、慎の背筋がゾワッとした。
(これ……絶対、ばあば何かやる気だ!!)
小柄で、持病持ちで、ふだんはやさしいばあばだけど――
怒らせたら一番怖いやつ。あの盆栽事件のときと同じ空気。
金ピカ王子、今のうちに逃げたほうがいいぞ……
そんな空気を感じつつ、部屋の後ろでは神殿長と騎士団長が控えていた。
神殿長はめんどくさそうに手帳を開きながら口を開く。
「一応、式に従い、聖女様を神殿の保護下に置き、今後は神託の有無や奇跡の発現などを観察しつつ、真偽を判断させていただく所存です」
「つまり、まだ信じてないってことだろう?」
ばあばの口調は優しいけれど、しっかり刺してくる。
神殿長は咳払いでごまかしつつ、視線をそらす。
「……まぁ、そういうことですな」
「ふふふ、そりゃ楽しみやわ」
湯のみをくいっと傾けるばあば。怖いよ!!!
「騎士団長、侍女長。今後は聖女様の護衛とお世話を、お願いいたします」
神殿長の指示で前に出たのは、鎧姿の壮年騎士と、果実水を運んできてくれた若い侍女だった。
「畏まりました。以後、聖女様の護衛とご支援、責任を持ってお仕えいたします」
「……わたくしも、精一杯つとめさせていただきます」
騎士団長は最初からばあばに好意的だった。
そして侍女――まだ若いけれど、どこか柔らかく、優しそうな雰囲気。
慎はちらりと彼女を見て、思った。
(……なんか、すごく美人だな)
ふと目が合って、お互いに小さく会釈する。
ちょっとだけ、胸がどきっとする。
が。
「また、慎殿については……聖女様の後継者という立場で、神殿にて研鑽を積んでいただく予定です」
「ええっ!? 後継者!?!?」
「うちの孫やからねぇ。よろしく頼むわぁ」
「いやいや、俺まだ小学6年生なんだけど!? 魔法使えないんだけど!?!?」
「最初はみんな初心者やよ」
ばあばの励ましが、心に刺さらない。
(……帰りたい……梅ジュース飲みたい……)
その頃、侍女さんの手には赤ん坊をあやすような小さな布袋が。
――既婚者、子持ちであることを知り、慎の淡い初恋は静かに幕を閉じたのだった。
こうして、
ばあばの神殿生活と、慎の“後継者研修生活”が、
ゆるっと始まるのだった。