【第3話】召喚の理由と、ばあばの沈黙
神殿の一室。
天井は高く、外からの光を和らげるような薄布が窓にかけられている。
さっきの喧騒が嘘のように、そこは静かだった。
「……ふう。ちょっと落ち着いたわ」
ばあばは、持参していた梅キャンディを取り出して口に入れる。
慎はとなりで何も言えずに呆然としていた。
「おばあちゃん、ほんとに……召喚されたんだよね?」
「せやねぇ。されちゃったみたいやねぇ」
ぽりぽりと飴を噛む音が部屋に響く。
その無防備な姿に、神殿長と騎士団長はしばし沈黙していた。
そのとき、控えていた侍女が一礼し、銀のトレイを差し出す。
「ご要望の梅……?ジュースはご用意できず、果実水でご容赦くださいませ」
「おおきに。喉乾いてたんよ」
ばあばは何の気なしに受け取り、ゴクリと一口飲んで、にこりと笑った。
やがて、神殿長が一歩前に出て頭を下げた。
「……本来ならば、王子殿下より召喚の経緯をご説明申し上げるべきでしたが、
殿下は現在……やや情緒が不安定でして」
「情緒が不安定、言うたらあかんやろ」
ばあばがぽつりと突っ込むが、神殿長はまったく動じず、話を続けた。
「……わたくしどもは、伝承に従い聖女召喚を実行いたしました」
「伝承?」慎が首を傾げる。
「はい。この世界には古くからの言い伝えがございます。
“世界が闇に包まれし時、異界より聖女を召喚すべし”と」
神殿長の声は落ち着いていて、まるで教科書を読むようだった。
その目に、聖女への期待や信頼といった色は、まだ宿っていない。
「現在、我が国……いえ、世界全体が、凶作、疫病、そして民心の荒廃により蝕まれております。
その原因は、我々の研究によれば、“魔素”という存在に起因していると考えられております」
「魔素?」慎がまた聞き返す。
「はい。かつて存在した超高度な技術――魔素テクノロジーの副産物。
便利さと引き換えに、世界に歪みをもたらしたものです。
この“魔素”に唯一対抗できる存在、それが……」
「……聖女、ってわけやね」
ばあばが言葉を引き取る。
「左様でございます」
神殿長は静かに頭を下げた。
「それでうちがその“聖女”やって、どうしてわかるんやろねぇ?」
神殿長は返答に窮した。
その隣で、騎士団長がくすっと笑い、ゆっくりと口を開いた。
「……わたくしは、聖女さまのお姿を見たときから、確信しておりましたよ」
「そうかいな。ありがとねぇ」
「え、なにこの温度差……」
慎がぼそっとつぶやく。
神殿長はまだ何か言いたげに視線を落とすが、ばあばはそれを気にせず飴を転がしていた。
その横顔は、まるで――
最初から、すべてを知っていたかのようだった。