【第1話】異世界よりも、ばあばがやばい
僕の名前は近藤慎。小学6年生。
今日から、全小学生の天国――夏休みが始まった!!
中学受験も終わり、勉強からようやく解放された今、僕を阻むものなんてない!
海に山に夏祭り、アウトドア三昧の夏にするのもいいし、漫画やアニメにどっぷり浸かるのもいい……!
今年の夏、何をしようかなってワクワク考えていた――そのときだった。
夕方、突然かかってきた病院からの電話。
おばあちゃんが倒れたという知らせだった。
幸い入院までは至らなかったけれど、持病が悪化したとのこと。
心配した両親が「放っておけない」と言い出して、我が家は“強制里帰り”が決定した。
両親は仕事の都合で少し遅れて向かうことになり、
僕は先に母の運転する車でおばあちゃんの家に向かった。
――勘違いしないでほしい。
田舎が嫌いなわけじゃないし、おばあちゃんのことも嫌いじゃない。
記憶にはあまり残っていないけど、僕は5歳までおばあちゃんの家で育てられていたらしいし、
たまに会うといつも小遣いをくれて、優しくしてくれるおばあちゃんのことは、むしろ好きだ。
……でもね。
僕の描いていた「最強の夏休みプラン」は、今さっき消えたんです。
正直、少しふてくされた気分で車に揺られていた。
けれど、久しぶりに会ったおばあちゃんは、
前よりずっと小さくなっていて、杖をつきながら身体を震わせていた。
それを見た瞬間、ふてくされた気持ちは一気に吹き飛んだ。
弱々しく僕を抱きしめて、「よく来たね、遠かっただろう」と言ってくれた。
夕飯には、僕の好物ばかりが並んでいた。
それを見て、僕は決めたんだ。
――おばあちゃんを助けてあげようって。
次の日から、僕は張り切ってお手伝いを始めた。
するとおばあちゃんは少し迷いながら、買い物を頼んでくれた。
「ありがとうね。たすかるよ」
その言葉が、やけに嬉しかった。
よーし、任せて!と勢いよく買い物袋を受け取り、
教えてもらったスーパーの名前をスマホで検索する――が。
……いや、待て。
徒歩、片道、一時間???
マップを二度見した。間違ってるんじゃないのか?と。
でもどうやらこれが一番近いスーパーらしい。
え、ちょっと待って……おばあちゃん、いつもこれ歩いてんの……?
車もない。自転車も乗れない。つまり――徒歩!?
田舎の洗礼、強すぎない???
でも引き受けた手前、引き返すわけにもいかず。
とぼとぼ歩きながら、「帰ったらおばあちゃん特製の梅ジュース飲もう……」と唱え続けた。
汗だくになりながら家に戻り、ガラガラと玄関の戸を開ける。
「ただいま〜……」
ひんやりした空気にホッとしながら、荷物をドサッと置いてへたり込む僕。
すると台所からおばあちゃんが出てきた。
「おかえんなさい。買い物ありがとうねぇ。はい、梅ジュースでも飲みなんせ」
手渡されたコップを一気に流し込む。
「しみる〜〜〜〜〜〜!!!!」
梅の酸味と優しい甘さ、そしておばあちゃんの優しさが
全身に染み渡っていく……。
少し元気になった僕は、台所へ移動して買ってきた食材を冷蔵庫にしまう。
「どれ、もう一杯つくってあげようかね」
おばあちゃんがほくほく顔で梅ジュースを作ってくれる。
その光景に、ちょっと照れくさくなりながらも癒されていた――その時。
どこからか、ドン、ドンという太鼓のような音が聞こえてきた。
「え、もうお祭りの時期だっけ? なんか聞こえない?」
「まだ早いじゃろうて。太鼓の音も聞こえんけど?」
おばあちゃんは耳が遠いのか、気にもしていない様子。
けれどその音は、どんどん大きくなっていく。
リズムも聞きなれない、なんだか胸にズンズン響く奇妙な音だった。
「え、これほんとにうるさくない!? ていうか、近所迷惑だよ……」
「ほほほ、元気のええ音じゃのう」
おばあちゃん、マイペースにもほどがある。
この音、東京だったら間違いなく通報されてるやつだ。
さすがにこれは注意しないとと立ち上がろうとした――そのとき。
ドドン!!!!ドドンガドン!!!!!!!
音が爆音になり、鼓膜がビリビリと震えた。
耳を塞いだ瞬間、閃光が視界を襲った。
そして、僕は意識を失った。
――こうして、僕とおばあちゃんの異世界生活が始まったのである。