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3 お母さんに捕まってしまった。(4)

 (布団で寝るっていいな・・・)

 今は真夜中、私の隣には、和歌子がピッタリくっついて、幸せそうに寝息を立てていた。和歌子つまり顯の母親は、顯がいなくなってからずっと不眠症に悩んでいたそうだ。しかし今は、我が子の体温を感じながらぐっすり眠っていた。同じように顯の体も熟睡中だ。二十四時間近く、飛行機を乗り換え乗り換えして、やっと母親と会えたと思ったらいきなり叫ばれ、その後は大号泣に付き合わされたのだ。六歳児が経験するには、ちょっと負担が大き過ぎた。だからこの子も熟睡中だ。で、二人の体温で布団の中は(ぬく)(ぬく)で、すごく気持ちがいい。

 しかし、どうしたものだろう。私のまわりには、母親の生気によって築き上げられた、強力な包囲網があった。顯がせめて七歳を超えていれば、これほどの網を作れたのなら、この網を固定材にして魂魄ごと救えたかもしれなかった。人の魂魄は、七歳を越えるまでは不安定で弱々しい、固まりかけのゼリーみたいな状態なのだ。残念ながら、あの当時の顯の状態では、私の力をもってしても、今にも消えそうな魂魄を保ち、消滅する前に母親に一目会わせてお別れさせてやるくらいが精一杯だった。

 そしてこの包囲網だが、私の力なら、こんなものを蹴破って抜け出すくらい一瞬でできることだ。しかし、そうしてしまうと、これほど生気を(そそ)ぎ込み繋がっている母親にも影響が出るに違いない。

 私は夢の世界の通路を通り抜け、和歌子の心象世界へ分け入った。女性の心象世界へ入るのは、本当はやりたくない。男性と違って脈絡がなくて、藪から毒蛇が飛び出すような危険が一杯だ。エッ?差別だって?いや、実際、何度も痛い目にあってるんだから、仕様がないだろっ。


 彼女の世界へ入って分かったことがあった。

 ひとつは、なぜ最初に叫んだか。

 和歌子は、息子に会っても、また失ってしまうかもしれないと怖がっていたのだ。母親特有の本能で、顯の魂魄の状態を察していたのだ。そして、母親だからこそ、魂魄を生まれる前の無の世界へ戻してやれたのだ。

 私的には、その順番で来るか〜と思ったが、母親的には、そうするしかなかったということだ。

 次に、彼女はずっと後悔していたということ。

 あの国へ、顯を迎えにいった時、発掘現場へ行くのを嫌がらずに直接自分が現地へ行き、一緒に帰るべきだった。そうすれば、事件に巻き込まれた時も、ひとりぼっちで死なせることにはならなかった。遺体すら見つからなかった顯を、彼女はひとりぼっちで死んだのだと思い込み、その事をずっと後悔してきたのだ。

 あともう一つ、繁との関係。

 恋愛結婚した二人だが、それぞれ仕事があってすれ違い生活が長かった。顯がいなくなってから、繁の滞在地で事件に巻き込まれたことが(わだかま)りとなり、繁のことが許せない気持ちを抑えることができなかった。もちろん、自分の仕事が忙しすぎて、育児できなくて、繁に負担をかけていたことは分かっていて、何度も自分にその事を言い聞かせたのに、それでも繁を責めたくなる気持ちを抑えるのが難しかったのだ。そんな彼女へ、繁は一切反論しなかったらしい。まあ、うっかり反論したら倍返し、三倍返し、いや(るい)(じょう)返しされかねないから、繁が反論しなかったのは、私には理解できるけどね。で、結局ふたりは離婚しちゃったそうだ。

 和歌子とはまた別の意味で混乱しきっていた繁の心象世界と、和歌子の心象世界の両方を(のぞ)いて、やっとこの元夫婦の本当のところが、何となく分かってきた。まったくこじらせ元夫婦だよ。しかし、こうなってくると、顯から私が離れてしまうことは、この元夫婦にとって、さらなる不幸な出来事の追い討ちとなってしまうだろう。




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