閑話休題
顯たちが帰った数日後、虚空蔵を訪れた神がいた。
虚空蔵菩薩は、その神、文昌帝君の部下で、翰林と呼ばれる女神を、表情の読めない、いつもの菩薩顔で出迎えた。
「遠路はるばる、虚空蔵へお越しとは、翰林女神におかれては、どのようなご用件でしょうか」と、にこやかに尋ねながら、胸の内は、
(チッ、もう聞きつけて飛んできたのか、耳ざとい奴だ。フンッ、早く帰れ)
と、思っていた。
翰林は、非常に整った繊細な顔立ちだが、眼光は鋭く、いかにも策士タイプの、できる女神感が漂っていた。そんな彼女は、胸の内まで見透かすような冷たい眼差しで虚空蔵菩薩をしばらくじっと見てから、徐ろに要件を切り出した。
「数日前、ここに闇のバラム神の神名を名乗るものが訪れたそうですね」
「はい、来ましたね」
「・・・随分遠い異国の神だそうですが、一体どうやって来たのです?」
虚空蔵菩薩は、巨大な頭をものともせず、器用に首を傾げてみせた。
「さあ、私が気がついた時には、もう入り口へ来ておられたので、どうやって来たのかまでは・・・」
「本人確認はどうやって、確かめたのですか?」
(何、偉そうに尋ねてんだよ。それは、こっちの管轄だろう。おまえんとこが口出すところかっ)と、胸の内では憤慨しつつ、あくまで冷静に
「闇のバラム神の記録は、本人のみ閲覧可能ですから、それを開けてご覧になったので、本人確認が通りました」
「何を閲覧したのか、教えてください」
(ほうら、来た来た、やっぱりそれが目的なんだよな)
「少々お待ちください」
虚空蔵菩薩は、閲覧記録簿を取りに行った。別に見せる必要なんか全然ないのだが、痛くもない腹を探られたり、後から嫌がらせをされるのも困る(翰林はそういう微妙な嫌がらせが滅茶苦茶得意な本当に陰湿な女神なのだ)ので、とりあえず見せておくことにした。(それに、相手の反応もちょっと知りたいしね)
閲覧簿を受け取りながら、翰林は
「どうして、わざわざ閲覧に来たのか理由は聞いてますか。知っていたら、教えてくださいな」と尋ねた。
「イツァムナ神の行方を探していると話していましたよ」
そう、これは本当の話で、嘘ではない。ただ、事情は全部言わないだけだ。(誰が、おまえなんかに教えるもんかっ、フンッ)
「『トフィール神の記録』、これも閲覧したのですか」
「はい、そうですね」
翰林は、閲覧簿を置くと立ち上がり
「『虚』の書庫の入り口を見せていただいてもよろしいかしら」と言った。
虚空蔵菩薩は
「はい、どうぞ、ご案内いたしましょう」と、先導した。
それは虚空蔵のある一画を占める書庫で、両開きの黒い扉は、「虚」の字で封鎖されていた。翰林は、その封鎖の状態を念入りに確認した。そして、虚空蔵菩薩へ礼を言うと、上天へ帰っていった。
虚空蔵菩薩は、その後、おひとり様のお茶をした。テーブルの上には、もうひとり分の、空の茶器が置いてあった。それを、時々見ながら、内心ニマニマしながらお茶をするのが、最近の楽しみなのだ。
(まったく、あんな陰険女神の相手なんかした後は、この茶器でも見て癒されないとやってられないよ。へへっ、これを彼が震える手で握りしめて、ダーキニーが雛鳥に餌をやるみたいに口へお菓子を入れてやって、可愛いかったなあ。彼の前なら、ちょっとくらい表情を崩して、素の顔くらい見せてあげるけど、あの女神には、そんな事するもんかっ)
お茶を一口飲むと、はあーっとため息をついた。
(やっぱり虚の書庫の確認へ行ったな、この事は、阿弥陀如来へ報告しておこう)




