21 女神イシュ・チェル(3)
神の墓場というのは通称で、正式名は何だったか長ったらしい名前だった。正式名称をすらすら言えるのは、おそらく虚空蔵菩薩くらいだろうから、私たちは、その場所をただ墓場と呼び、その木を、骸の実のなる木の森とか、実のなる木の森とか呼んでいた。
墓場と呼んではいるけれど、墓標もなく、他に草木も生えない灰色の茫漠とした大地に、ただその木が生えているだけだ。その木は、下界の龍血樹という木とそっくりだった。ただ、背はもっと高くて五倍くらいあり、枝葉の広がりも数倍の広さで、空が見えないほどだ。その木が無数に生えて、森となっていた。枝葉の広がりのせいで、森の中は暗く、生き物の気配もなく深閑としていた。けれど、大勢の何かにじっと見られているのが分かった。
ククルカンを上空で待たせ、私たちは森へ分け入った。チャックは、蛙から人の姿へ戻り、先頭を歩いた。最後にイツァムナと接触したのは彼だから、気配を探すためだ。だが、なかなか見つからない。
「どうしよう、実が多すぎて、どれだか分からないよ」
「最近の事だから、森の外側の新しい木に実がなっているはずだ」
「ううぅぅ、気配がわからねえよ」
「やっと来たのか」
突然地面から声が聞こえた。下を見ると、土が盛り上がり、中から、大きなイグアナが現れた。
「うわぁっ、あっ?イツァムナ」
チャックが、慌ててイグアナの鼻先へしゃがみ込んだ。
私も、イグアナを覗き込んだ。どことなく人間のような表情で、目を細め、イグアナは頭を傾げた。
「おまえはキニチ・アハウか?人間に見えるが」
イツァムナは、原身に戻ってはいたが、正気のようだった。私は腕を伸ばし、指先からイツァムナへ、闇のバラム神の神気を少しだけ送り込んだ。イツァムナは、ブルッと体を震わせた。
「間違いない、おまえはキニチ・アハウだ。もう時間がない。ナクシット石を盗まれたと嘘をついたのは、すまなかったが、おまえに来てもらうには、こうする他なかった。さあ、これを受けとり、すぐこの森から出ていくのだ」
と、イツァムナは、私の掌へ、自分の口から透き通るように青い石の欠片を吐き出した。驚いたことに、それはナクシット石だった。
「ナクシット石の欠片ですか」
「血を落とした瞬間、飛び出してきたものに過ちを悟った。おまえや、ユム・カーシュの話にこそ、耳を傾けるべきだった。トフィールの言葉に、真実はなかった。おまえは、力をすべて失ってまで余の娘を守ろうとしてくれたのに、それが分かっておらなかった。この欠片しか残せなかったが、力の足しにはなるだろう。余のことは、気にせず、すぐここから立ち去れ。あれがやって来る前に」
“バラム神、何かこちらへ近づいてくるぞ。すごい邪気を纏っている”
ククルカンが焦った様子で念話を飛ばしてきた。
実のなる木の枝葉が、切り裂かれ吹き飛び、血のように赤い樹液が辺りに飛び散った。
「すまぬ、間に合わなかった。あれを、おまえには見せたくなかったのだ」
イツァムナが悲しそうに言った。




