20 禁術の真相(4)
映像がふいに消えた。私は、もう神力を通し続けることができなくなった。両手で目を覆い俯いた。全身が震えて、ひどく寒くなった。
「休憩しよう、ちょっと休憩した方がいい、すぐ、お茶の用意をするから」
虚空蔵菩薩が慌てて閲覧室から飛び出していった。
「顯、あーんして」
ダーキニーに言われるまま、ただ口を開けた。彼女が、口に入れた何かのお菓子を、味も分からないまま、機械的に咀嚼した。
「ほら、お茶も、もう一杯飲んで」
それも言われるまま、茶碗を受け取って飲んだ。まだ手が震えて、飲みにくかった。
チャックが、恐る恐るこちらの方を見て
「まさか、こんな酷い事だったなんて、知らなかったんだ。キニッチ、本当にごめんよ。もう、イツァムナの言ったことは気にしなくていいから、無理だったら、もう、途中でやめてくれても、わっちはそれでいいから」
私は、茶碗を握りしめたまま、考えに沈んだ。ここで手を引けたらどんなに楽だろうかと思う。けれど、常世国と大劫が絡む以上、このまま放置はできない。トフィールの正体を突き止め、イツァムナを助け出し、ナクシット石を見つけ出さなければならない。
虚空蔵菩薩が私の左手首を脈診しながら、
「本当に無理だったら、やめた方がいいですよ。この案件、何だかおかしい事が多すぎます。あなたは、今、凡人の体なのだから、そのような脆弱な体で、取り組める案件ではありませんよ」と、言った。
「いえ、やはり、続けます。あと、トフィールの記録と、イツァムナの記録を開きます」
私は、茶碗を置き、立ち上がった。
トフィールの記録簿は、灰色がかって劣化しているように見えた。虚空蔵菩薩も首をひねり
「すべての記録簿は、同じように扱われているのに、この記録簿は、妙に劣化が進んでいますね」と不思議がった。
私は、記録簿を傷めないよう、そっと神力を通した。すると浮き上がったのは、数行の文字だけだった。
『トフィールは、神にあらず 虚の神なり』
「えっ、たったこれだけ?」ダーキニーは、不思議そうに宙に浮かぶ文字を見上げた。
「虚の神・・・やっぱり、この案件、変よ。虚空蔵菩薩の言う通りだわ。顯くん、もう諦めて戻りましょう」
観音菩薩が、私へ言った。拈華微笑が今にも消えてしまいそうな顔だ。
「いや、続けます」
私は、イツァムナ神の記録を開け、神力を通した。そして、膨大な記録の中から、もっとも最近の記録を再生した。
イツァムナ神の声は聞き取りにくく、ひどく弱々しかった。老人のように、語尾が震えて聞こえた。
「トフィールよ、教えてくれ、余は、神威を復活させたい。どうすればよい」
目の前にトフィールが立っている。しかし、彼の姿は、黒い靄に覆われ、ひどく不鮮明だった。
「お痛わしい、イツァムナ神、あなたの神域である、マヤの密林は、新しくやって来た人間どものせいですっかり荒らされてしまった。神威が衰えてしまわれたのも無理も無いことだ。しかし、あなたの神威は、復活できますよ」
「本当にできるのなら、それを早く余に教えてくれ」
靄が分かれ、一瞬トフィールの口元が見えた。ひどく引き攣った口元は、嘲笑っていた。
「簡単なことです。別の神威を、手に入れればいいのです」
「別の神威?」
また、靄が割れてトフィールの手が現れ、イツァムナの胸元を指差した。
「そこにある、青い宝石。それは、あなたのバラバラに引き裂かれた愛娘を、キニチ・アハウが、太陽神としての己の全ての神威と引き換えに封じ込め、石へと変容させたナクシット石でしょう。それを壊して、その神威をすべて、あなたのものとすればよいのです」
「しかし、この宝石を壊すことができるのか?」
「そこに封じ込められているのは、あなたの血を分けた娘です。あなたの血を注ぎ、出ておいでと呼びかけてやればよいのです」
イツァムナは、胸元から宝石を外した。そしてー
もう、これ以上の衝撃なんてないだろうと思っていたのに、見事に裏切られた。
「イツァムナ、あなたは、何ということをっ」
それを知った私は叫んだ。
「顯、ダメ、落ち着いて、あなたがまた怪我しちゃうわ、落ち着いてっ」
ダーキニーが私に飛びついた。
一瞬虚空蔵が震動した。
私は、正気に戻った。
「神威?」
トフィールの言葉が、啓示となった。そう、神威だ。いつも、神威が関係している。トフィールが狙ったのは、神威なのだろうか・・・・
私は、再生を続けた。




