20 禁術の真相(3)
ひどく疲れを感じるが、虚空蔵での滞在一時間は、下界の半日に相当する。ぐずぐずしてはいられないので、続けて、イシュ・チェルの記録も開けた。禁術を使った当日の記録だ。
彼女が禁術を行った場所は、太陽を祀る神殿ピラミッドと、月を祀る神殿ピラミッドとの間の、白漆喰で平らに舗装された広場だった。トフィールは、夜明前からやって来て、巨大な円陣を描いていた。
「随分赤い顔料で描いているのね」
これから起こる事について、何も分かっていない彼女は、トフィールへ無邪気に尋ねた。
「これは辰砂を精製して作った特別な赤、丹朱です。鮮やかな赤、血に近い色であればあるほど、術の効果が高まるのです」
そう話しながらも、トフィールは作業を続けた。
私は、先日、この日の出来事を自分自身で思い返した後、ひとつ疑問に感じたことがあった。それは、彼女が呪文を唱え出したとき、なぜ、私は止めようとしたのかということだ。私は、すべて記憶を無くしていたが、それでも、その術に何か危険なものを感じたのだ。それが一体なんだったのかを、突き止めなければと思ったのだ。そして、その答えが、トフィールの描く円陣の中にあった。
「あの円陣の呪文は、すべてマヤ神聖文字ではない。あれは、常世国の神聖文字で描かれている」
私の言葉に、代々の虚空蔵の知識を引き継ぐ虚空蔵菩薩も頷いた。
「確かに、間違いありません。あれは、常世国の文字で、マヤの文字ではありませんね」
(一体、トフィールとは、何者なのだろう)
再現された記録はどんどん進んでいき、とうとうイシュ・チェルは、私を連れて来た。
背の高い、細身の若者は、かつてのマヤの太陽神、金色の神気を纏っていた。過去の自分を見るのは、何だかおかしな気分だった。ミヌメの記憶の中の私は、あまりに遠い過去すぎて現実感がまるでなかったのに、このキニチ・アハウの姿はあまりに生々しすぎて、息が詰まりそうだった。
「やっぱり、あれは顯よ。一緒だわ」
ふいに、ダーキニーが声を上げた。
「えっ?」
翡翠色の眸が私を覗き込んで、さらに言った。
「だって、目が一緒だもの。外見は変わっても、中身はずっと一緒なんだよ」
自分の中身が一緒かどうかなんて、自分自身には判断のつかないことだ。けれど、ダーキニーに話しかけられて、幾分か気分が落ち着いた。
過去の私を、円陣の真ん中に立たせると、彼女は、軽く咳払いし、私の目の前で呪文を唱え出した。
「ああ、その呪文は・・・」
記憶が戻った今なら、その呪文が、前世の記憶を取り戻すような生ぬるい呪文でないことが分かった。それは、すべて常世国の言葉だった。
『大劫を起こせし大悪神よ、汝、記憶を取り戻せ。大劫の罪悪の重さに打ちひしがれ、永遠の業苦を味わうがよい 我は、我が命と引き換えに、汝に大劫の真実を思い出させ、永遠の業苦を与える』
(ああ、ダメだ、イシュ・チェル、そんな事を言ってはダメだ。そんな事をいったら、あなたは・・・)
彼女は、自分でも知らないうちに呪詛を行ったのだ。あれは、ただの反噬ではなかった。彼女は自分自身を供犠としてしまったのだ。




