20 禁術の真相(1)
私の目の前に、経典折り冊子がある。その表紙には、マヤ神聖文字が記され、文字の中の目玉が落ち着きなく動き回り、今、私と睨めっこ状態だった。
虚空蔵へ来たものの、凡人の私に、ここで通用するような本人確認はない。それで、虚空蔵菩薩に、「『闇のバラム神』で本人確認します。本人のみ開示の禁書なのでしょう。持ってきてください」と頼んだのだ。
「・・・・・・」
神聖文字の目玉は、迷っているようだ。拒絶もしないが、開く様子もない。今は人間の姿だから、迷うのは当然だ。動物園の動物だって、飼育員が普段と違う格好していたら、気がつかないのだから、神聖文字だって、すっかり姿形の変わった私を見てすぐには判断できないのだろう。
私は右手を表紙の上にそっと置き
「我は二つ名を有す神、本名はキニチ・アハウ、太陽を治める神にして、闇を統べるバラム神なり」と、唱えた。すると、冊子は、バラバラと音を立てて頁が捲れ出した。
「はい、本人確認完了です。どうぞ、閲覧希望の記録を言ってください」
虚空蔵菩薩に言われ、私は閲覧したい記録の一覧表を差し出した。
虚空蔵菩薩は、その一覧表を預かり、奥の書庫へと消えた。一時経ち、何だか埃っぽくなった彼は、大量の書籍を宙に浮かせたまま運んできた。
「お待たせしました。マヤ関係の書架は、長い事閲覧希望がなかったために埃だらけになっていて、書物を探すのにちょっと時間がかかりました」
閲覧台に次々に記録簿が積まれていった。かつて下界で多くの凡人に崇拝されたマヤの神域の記録が、この記録簿の中に収まっている。だが、薄っすら埃に塗れた状態は、下界における今の状態を反映したかのようだ。
「こんなにたくさんの記録、どうやって見るんだ?」
チャックが不安そうに訊いてきた。(チャックは昔から文字を読むのが嫌いだ)
私は、書物全部へ一気に神力を通した。記録簿の中から、中身が空中へ浮き出した。
「エエッ、何、この術どうなってるの」(観音菩薩)
「ほう、この術は久しぶりに見ました。三次元へ全展開して一気に閲覧とは、さすがは、ワカミアヤ」(虚空蔵菩薩)
「キャー、映画みたいになってる、おもしろいっ」(ダーキニー)
空中にマヤの神域の記録が猛スピードで再生されていく。私は、あの禁術の直前で、再生スピードを通常へ戻した。
伸びやかな小麦色の姿体、艶やかに波打つ腰まで届く黒髪、イシュ・チェルが微笑んでいた。彼女へ、話しかけているのはトフィール。そう、これはユム・カーシュに関する記録簿だ。イシュ・チェルの姿は、はっきりしているのに、どうしたわけか、トフィールの姿はひどくボヤけて、画素数の少ない写真みたいだった。ただ、彼の声ははっきりと再生された。
「麗しき、月の女神イシュ・チェルよ。このトフィールと、少しお話しするお時間をいただけませんか?」
トフィールの問いかけに、彼女は優しく頷いた。彼らは、セイバの木の下に腰を下ろし、話をし始めた。茂みの向こうから通りかかったユム・カーシュは、好奇心にかられて立ち止まり、彼らの話に聞き入った。
「私は、あなたの愛するキニチ・アハウが夜毎悪夢に苦しめられていると、耳にしたのです。その事で、あなたさまに申し上げたいことがあるのです」
彼女は、美しい目を見開いた。それは、彼女が今一番気掛かりなことだったからだ。
「まあ、どこでその話をお聞きになったの?彼は、誰にも話してはいないと思っていたわ。それに、申し上げたいことって何なのかしら」
「私は耳敏いのです。もちろん、そのような事、他人に言いふらしたりはいたしませんよ。しかし、それでなくともお忙しい太陽神が、密かに苦しんでおられるのならば、何とかしなければと思い立ち、勇気を出してあなた様にお声がけしたのです」
顔のぼやけたトフィールは、耳に心地よい言葉でもって、彼女から疑念を吹き払った。彼女は、すっかり安心してしまい、トフィールへ私から聞いた夢の内容を話してきかせた。




