19 虚空蔵へショートカットだ(5)
出発までの一週間、私は自分の代役を立てるため、青銀に特訓を行った。姿変えの術で、人間には、青銀の姿が神森 顯に見えるようにして、なおかつ立ち居振る舞いもなるべく私自身へ似るよう、特訓したのだ。・・・これが、本当に大変だった。
「もう、無理、こんなのできないよ〜」
「大丈夫、青銀ならできるっ。空を飛び、風雲雷雨を呼ぶ方がよほど難しいだろう?」
青銀は、ご飯も炊けるし、お茶を淹れることも、掃除だってできる、できる子のはずなのに、凡人に混じって不審に思われない程度の簡単な受け答えを教えようとすると、そこで躓いてしまった。
「『お早うございます』と、『今日は』と、『今晩は』の使い分けなんて分からないし、敬語とか、ため口なんか、わけ分かんないよ〜。それに携帯でメールなんて無理だ〜」
「分かった、とにかく、できるだけ喋るな、黙っているようにしろ。私は、無口なほうだから、喋らなくていい。携帯は、充電だけできるようにして、あとは持っておくだけでいいから」
十数年凡人に交わり身につけたものを、たった一週間で真似しろというのは、やはり無理なのかもしれない。それから私は、青銀へ一週間の講義予定表を押し付け「この赤く囲ってある講義だけは、絶対出席して、名前を呼ばれたら「はい」と返事をするんだ。それだけは、絶対守ってくれ」と、何度も言い聞かせ、大学へも連れて行き、講義室や先生の顔も見せてやり覚えさせた。必修科目の単位を落としたら、来年また履修し直さなければならない。欠席二回で、単位なしなんて、恐ろしいルールを押し付けてくる先生もいるのだ。虚空蔵へ行ったら、最低でも十日はかかる。その間必修科目を欠席するなんて論外だ。私にとっては、虚空蔵へ行く事より、青銀を私らしく仕立てあげる方が大変だった。
一週間後
私は、青華寺を再訪した。門の横手の高野槙の樹から飛び降りてきたダーキニーが、私の顔を覗き込んだ。
「顯、目の下に隈ができてるよ。まだ、調子悪いの?」
私は無言で頭を振った。(もう、あとは青銀に任せるしかない。それに、光一が適当にしてくれるだろう)私はできるだけ楽観視することにした。(本当は、とても不安です)
「ダーキニー、あれは用意できている?」
「うん、大丈夫、用意してあるし、もうチャックも来てるわよ」
虚空蔵界へ、チャックを連れていくことは、本来できないことだ。彼は、マヤの神域の地上神で、仏の世界に関わる者ではない。しかし、何事にも例外はある。そのために、私は、チャックへ、ここのご本尊降三世明王へ、あらかじめ多額の御祈祷料を納めておくように言っておいた。
「チャックって、見かけはあんなパッとしないおっちゃんだけれど、御祈祷料は今まで見た中で、一番分厚かったよ。すっごい気前がいいから、ビックリしちゃった」
「チャックは世界で五本指に入る大金持ちだよ」
「えっ、嘘っ、そんな凄い奴が、顯の知り合いなんだ」
そう、チャックは大富豪だ。昔、蛙の精だった彼に神仙修行を教導し、地上神にまで修為をあげてやった私としては、教え子の出世を喜ぶべきなのだろうか・・・




