3 お母さんに捕まってしまった。(2)
(・・・ドミンゴの家と全然違う。でかい・・・)
屋根付きの門を通ると、その中には地味で渋い庭があって、木造のでっかい上屋があった。これでもかと屋根に敷き詰められた瓦は、くすんだ黒色だ。
ドミンゴというのは、顯を預かってもらったマヤの王の子孫だ。町で開業医をしていて、その家は石壁に白漆喰を塗り、屋根瓦はテラコッタ色のお洒落な家だった。
そして今、私がいるのは、堂明寺伯父さんが住職を勤めるお寺だ。後で案内してもらった住居の方は、ドミンゴの家とそれほど大きさは変わらなかった。見上げて驚いたのは本堂の方だった。
(やれやれ・・・ここに住むのかと思って驚いてしまった)
(庭なのに花も咲いてない・・・これ、庭だよね?どうして、白い砂に模様をつけて、岩がでんと置いてあるのだ?)
それは枯山水という禅寺の庭園だった。熱帯地方の色彩あふれる国から来た私は、いきなり日本でも屈指の地味で渋い禅寺に連れて来られて、すっかり戸惑ってしまった。あんまり好きじゃなかった教会でさえ、花が咲き乱れる庭園があったし、マリー様とかいう女神像は、綺麗な服を着てやさしく微笑んでいた。そのマリー女神の大きな神像を、蝋燭を握りしめた信者が行列をつくって拝み、結構にぎやかだった。そういうのに比べたら、ここって本当に地味だよと、逆に感心してしまった。この地味さで信者がいるなんて、逆に凄いと思ったのだ。
住居は二階建ての、これもまた地味な色の日本家屋だ。顯を連れた伯父さんの足音に気づいて、玄関の引き戸をガラッと開けて、中から女の人が飛び出してきた。
「顯ちゃん、戻ってきたのねっ」
と叫ばれ、次の瞬間には、もうムギューッと抱きしめられていた。
(お母さんかな?)
一瞬そう思いかけたが、顯の魂魄から反応がない。ということは・・・
「ゆきえ小母ちゃんよ、小さい頃に会ったきりだから、覚えてないわよねえ」
白い割烹着を着たふっくらした女性は、堂明寺伯父さんの妻、ゆきえだった。
(あれ?普通、ここは、母親が飛び出してくるって展開じゃないのかな?)
伯父さんが、顯を抱きしめ、しゃがみ込むゆきえ伯母さんへ
「和歌子は、もう来たのか」と、尋ねた。
伯母さんは、伯父さんを見上げ、
「ええ、もう来ているわ」と言い、涙の溜まった目に笑みを浮かべ、顯を覗き込んだ。
「顯ちゃん、あとでお母さんにも挨拶しましょうね。さあ、疲れたでしょう、上がってちょうだい」
ゆきえさんは、ふくふくとした暖かな手で顯の手を包み込み、家へ連れていってくれた。
家に上がると、畳敷の部屋で、真ん中に大きな座卓があった。ドミンゴの家は、応接間は、板の間に絨毯が敷いてあり、テーブルを置いて、椅子に腰掛けていた。勝手が違いすぎて、どうしようかと突っ立っていると、ゆきえ伯母さんがふかふかの座布団を持ってきてお座りなさいと勧めてくれた。けれど、使い方がまるで分からなかった。すると、ゆきえ伯母さんが先に座布団へ正座し、顯を抱き上げ膝へ乗せた。
「顯ちゃん、和室は初めてなのね。しばらく正座は無理かもしれないわねぇ」と、顯の頭を撫でながら言った。
「和歌子は、二階にいるのか?呼んでこようか」
「まだ、よく眠れないそうで、顔色が悪かったわ。二階の六畳へお布団を敷いておいてあげたのだけれど・・・」
「・・・・・」
伯父さんは太い眉を八の字に寄せ、小さくため息をついた。顯の母親は、具合が悪いのだろうか?
と、その時、二階から降りてくる足音が聞こえ、部屋の障子が開け放たれた。
「あら、和歌子さん、目が覚めたの?」と、ゆきえ伯母さんが、のどかに声をかけた。