18 ナクシット石の秘密(3)
「キニッチ、わっちは、マヤから逃げ出す時、ユム・カーシュに会ったんだ。その時、あいつが話してくれた」
ユム・カーシュは、トウモロコシの神で、端正な顔立ち、しかも気立てのいい若い神だった。
「あいつは、一部始終を見たって言ってた。あとでイツァムナにも、見た通りのことを話したが、信じてくれなかったそうだ。トフィールが、キニッチは悪夢に魘されていることを、どこからか聞きつけて、イシュ・チェルにうまいこと言って内容を聞きだし、それで、イシュ・チェルに、それは彼の前世の記憶かもしれないから、確かめてやった方がいいって、トフィールがそう言うのを、はっきり聞いたそうだ」
私は、手で両目を覆った。生々しい記憶が甦ってきても、それは過去のこと、もう終わったことなのだと、自身へ言い聞かせながら、さらに続けた。
「イシュ・チェルが、ある日、私に、確かめてみたいことがあるから手伝ってほしいと言った。彼女は、私を、神殿前の広場へ連れていった。真っ白な漆喰を塗った広場の床に、血のように赤い顔料で、巨大な円陣が描かれていて、彼女はその中央に立つようにと言った」
その時、明るい日差しの下、彼女は楽しそうに笑っていた。いたずらを企む、無邪気な笑いだった。
「それから、聞いたこともない呪文を唱え出した。私は、恐ろしくなって、呪文を唱えるのを止めさそうと声をあげかけて・・・」
声は出なかった。突然何かが、頭の中で炸裂し、私は強い力で地面に叩きつけられた。そして、彼女の悲鳴が聞こえた。
「あの時、何が起きたのか、正確なところは分からない。ただ、気がついたら、私は記憶を取り戻し、自分が上位神であることに気がついた。そして、あたりは、闇に包まれ、彼女はバラバラになっていた」
神に輪廻はあり得ない。神の前世を臨く術は禁術であり、術者は、凄まじい反噬に襲われる。つまり己の命を失うのだ。だが、イシュ・チェルは、その事を知らなかった。
「私は、今の記憶と上古の記憶が混ざってひどく混乱した状態だった。それでも、彼女の体を拾い集め、元へ戻そうとした。あいつは、その様子を見ながら、ケラケラ笑っていた」
暗闇の中、鮮血がしたたる彼女の体を必死で拾い集めた。私の手足も血まみれになり、その血が邪気に変わり、黒い靄となって私に纏わりついた。その様を見ながら、闇の中で、トフィールは狂ったようにゲラゲラ笑い続けた。
「イーヒッヒッヒ、キニチ・アハウッ、おまえが闇に喰われてしまうとは、なんて愉快なんだ。ああ、本当に愉快でたまらないよ」
トフィールが嘲笑い叫ぶ声が、今現在であるかのように頭の中で響いた。
体の中で、神威が荒れ狂い、内傷が深くなっていく。それでも、内へ、内へと、押さえ込んだ。その時、温かい腕が、私を抱きしめてくれた。
「顯、大丈夫だから、それは過去の事よ。今は、私がいるから・・・」
ダーキニーの声は、乾いた砂に染み込む慈雨のようだった。抑え難い神威が、冷えて静まった。
「彼女の体は、細かく砕けて、すべては集めきれなかった。集めた部分は、邪気を帯び始めた。禁術の影響で、彼女の神力は、強力な邪気へ変化してしまった。私は、持てる力の全てを使って、彼女を封じ、ナクシット石を形成した。私は、その為に、力を使いつくし、闇の領域へ引き籠った」




