17 顯 四苦八苦に沈む(4)
私は、内陣の脇から、チャック用に背の低い丸椅子を運んできて座らせた。
「ありがとうキニッチ、一昨日は、急に押しかけて悪かったな。もう、怒ってないか?」
チャックは、私を見上げ不安そうに尋ねた。
「最初から怒っていない。ただ、気持ちの整理がつかなくて、冷静でなくなっただけだ」
「うん、分かった」
二人の様子を見ながら、ミカエルは驚いていた。
(あの我が道を行く、他人なんて興味なし、「どうでもええわ」が、口癖のチャックが、あんなに気を使った態度を取るなんて、一体どうなってるんだ?)
私は、腰掛けてお茶を一口飲むと、ふうっと息を吐き、それから覚悟を決めてチャックへ尋ねた。
「ナクシット石が盗まれたって話していたが、そもそも、あの石はイツァムナが首からぶら下げ、肌身離さず持っていたはずだろう。それが、どうして盗まれたんだ」
「イツァムナごといなくなったんだ。どこにもいないんだ」
チャックは、鼻水を啜り上げ、お茶を飲んだ。
「いつ、いなくなったと分かった?順番に話してくれ」
「キニッチがいなくなってから、暫くはうまくいってたんだ。けれど、イツァムナの神威は、数百年のうちにどんどん衰えてしまった。トフィールは、新しいキニチ・アハウが現れるなんて言ってたが、誰もキニチ・アハウにはなれなかった。熱帯太陽からの祝福を得るほどの神は現れなかったし、トフィールも偉そうに、仰々しい儀式で望んだが、何回やっても駄目だった。それで、イツァムナは段々トフィールの事を疑い出したんだ。けれど、神威の衰えが深刻すぎて、しばらく疎遠になっていたトフィールと連絡を取り合い始めたんだ」
私は、眉間を指で揉んだ。今にも神威の抑えが効かなくなりそうだった。
「顯、大丈夫?」
ダーキニーが私の腕に触れた。彼女と目が合って、やっと少し冷静さが戻った。
「うん、大丈夫だよ」
チャックは、話を続けた。
「あいつが無茶苦茶言って、人間が行う儀式を複雑化させて、それに生贄の数も増やせといって、本当に最後の方は酷い有様になっていた。わっちは、もう我慢できなくってマヤの地から逃げ出したんだ。その後、白い連中が大勢押しかけて、武力で制圧して、新しい神を崇めろって、皆が信じていたものを一切合財ぶち壊してしまった。わっちが噂で聞いたところでは、イツァムナも耐えられなくなって、どっかへ逃げたらしい。それなら、ただの失踪なんだけど、半年前、いきなり念話が飛んできたんだ。物凄く遠いところから飛ばしたみたいな、雑音だらけで聞き取りにくい念話だったけれど、その時イツァムナは、『わしは、トフィールに騙されていた、わしを助けてくれ、ナクシット石が盗まれた。キニチ・アハウを見つけて、一緒にわしを助けにきてくれー』って、言ったんだ」
私は、聴天由命丸の瓶を、手が震えるほど握りしめた。
(神威を抑えるのに、薬師如来に頼るなんて、上位の神ともあろうものが、ああ情けない)それでも、あの恐ろしいほど不味い薬の記憶が、私の理性を辛うじて保ってくれた。




