13 上古の縁は何処に(2)
阿弥陀如来が上空を見上げた。
「来たようですね」
と、言い終わるや否や、上空を覆いつくした黒雲は消え失せ、いつもの西方浄土の空、薄水色の天空に朱鷺色の祥雲が棚引き、金色の霧が極光となって光る空へと戻った。それからほどなく、侍童が案内してきたのは、天竜界の御老公であった。
「お招きをいただき、罷り越しました」
と、鉄灰色の髪と髭の御老公が、片膝をつき挨拶した。阿弥陀如来は、
「畏まる必要はありません。楽になさい。今日は、講話を行ったりしませんから、御老公も、そんなに難い顔をするのはおやめなさい」
御老公の仏典嫌いは有名なので、揶揄われた本人は、すうっと視線を逸らしながら、立ち上がると、
「上古の縁について、語り合いましょうとお聞きして参ったのだが」と言った。
「ええ、その通りです。その事で、あなたにお願いしたいことができたので、お呼び立てしたのです。まずは、先にお茶にしましょう」
阿弥陀如来は、お茶の用意を始めた。
二服目を喫すると、阿弥陀如来は、観音菩薩へ尋ねた。
「観音や、あなたは、虚空蔵菩薩へ会いにいったのでしょう。何か成果はありましたか」
何でもお見通しの阿弥陀如来なので、これは御老公に聞かせたいのだなと思い、観音菩薩は、島での出来事から、虚空蔵でみた禁書の件、顯のことも、すべて詳細に話した。
話を聞くうちに、御老公は立派な口髭を震わせ、金色の目からぼろぼろと涙をこぼした。
「ワカ、下界のどこかに、必ずいらっしゃると、ずっと信じておったが、何とお労しい、凡人にまで、身を窶されるとは・・・・」
釈迦如来が、真言をそっと唱え出した。それは、御老公の感情の乱れで、西方浄土が暴風雨に見舞われないようにするためだ。
そして御老公は、ワカミアヤを思う気持ちのあまり、
「ああ、ワカ、ワカにお会いしたい〜」と、とうとう泣き崩れてしまった。
御老公は、下界から飛昇してきたにも関わらず、天龍界生まれの聖龍をも凌ぐ抜群の戦闘力の持ち主であり、また優れた司令官でもあった。天龍界の精鋭部隊、天龍八旗軍の最高司令官を長らく務め、引退した今も、未だ隠然たる勢力のあるお方なのだ。そんな彼の、子供のようにおいおい泣く姿に観音菩薩はすっかり驚かされた。
(本当だわ、虚空蔵菩薩の言う通り、大悪神なんて言っちゃダメだわ)
少し時間をおき、御老公が落ち着いた頃合いで、阿弥陀如来が言った。
「先日、あなたの義妹が、天龍界の大門前に神上げされたと聞きました。薬師如来が、そのミヌメの様子を確認したところ、まったく邪気もなく清浄そのものであったそうです」
その言葉を受けて、薬師如来が発言した。
「私が確認したところでは、邪気のない、生まれたばかりのように清浄無垢な状態でした。ただ、長年、神威を得られる祭祀が行われなかったため、形をひどく損なっており、しばらくは養生する必要があります。それで、崑崙の玉陽泉を使えるように紹介状を用意しておきましたから、そこへ連れて行き、養生させなさい」
薬師如来の認めた紹介状を、御老公は有り難く押しいただいた。
阿弥陀如来は、ついに本当の用向きを切り出した。
「このような見事な神上げ、御老公が行って以来の快挙です。ただ、観音菩薩の話の通り、この神上げは事情があって、凡人の体内に宿っている、異国の神が行ったそうですね。そのような状態で行ったのであれば、それはさぞかし無理をしたのではないのかと、薬師も釈迦も私も、大層気にかかっているところです」
そこで、阿弥陀如来は、卓上の鈴を澄んだ音で鳴らした。すると、極楽鳥が飛んでくると、卓上に、鍵付螺鈿化粧箱を置き、再び飛び去った。




