12 虚空蔵菩薩は大劫をかく語りき(1)
「虚空蔵には、自動的に記録を作成する機能がある。そして、自動作成された記録は勝手に書棚に現れるのさ。大劫は、下界を揺るがすどころか、天界まで揺るがす大事件だった。そういう重大案件は、記録が虚空蔵の機能によって自動的に作成されるんだ。ところが、その記録が、紅蓮業火で封緘されて現れた。それの意味するところは、これに関する因果が未だ完結していないということだ」
「因果が完結していないって、下界では、もう一万年以上の歳月が過ぎたのよ。それでも未だに完結していないってどういうことなの?」
虚空蔵菩薩は、肩を竦めた。
「私にも分からない。因果が完結していないのなら、中の内容は揺らいでいるから、例えるなら、冷え切っていない活動中の溶岩かな?だから、無理に開けようとしたら、紅蓮業火に焼き尽くされるぞっていう警告つきなんだよ」
「・・・・・・・」
何と言う恐ろしい巻物だろう。観音菩薩には、紅蓮業火が、急に禍々しいものに見えてきた。
「この巻物は誰も開けることができない。だから、禁書なんだよ」
しかし、これで、はいそうですか、と、引き下がる観音菩薩ではない。拈華微笑を取り戻し、姿勢を正すと、虚空蔵菩薩に尋ねた。
「ねえ、そもそも大劫って、何が起こったの?」
虚空蔵菩薩は目をキランと光らせ、ニヒルな笑みを浮かべると
「やっぱり、そこ、知りたいところだよね」と、言った。
「わたくしが聞いたところでは、あの大劫は、大悪神によって引き起こされ、劫罰を下された大悪神は、地上から姿を消したそうよ」
虚空蔵菩薩は、右人差し指を突き立てて振りながら、「チッ、チチチッ」と舌打ちした。ふだんの観音菩薩なら、お行儀が悪いと窘めるところだが、話に夢中でそれどころではなかった。
「やっぱり本当は違うのかしら?」
「大悪神なんて、勝手に言っているだけさ。七代前からの記憶によれば、あの時、全時空に歪みが生じて、天界と下界を繋ぐ御柱が二本も折れたそうなんだ」
「ええっ二本もっ、今、確か十一本だったわよね」
「そう、十一本だ。上古の時代は、十三本あったのが、二本折れてそうなった。上界では柱が折れる騒ぎ、そして下界では、常世国が一夜にして海中へ水没した」
「本当に大事件じゃない。一体何が起こったの?」
虚空蔵菩薩は、蓮葉茶を喫し、蓮の実をひとつ口にした。それをよく咀嚼して呑み込み、またお茶を一口喫した。そして、散々焦らされて、今にも拈華微笑を忘れそうな観音菩薩をこっそり観察しながら、徐に続けた。
「詳細は今だに不明なんだ。常世国の者は海中に呑み込まれてしまったし、御老公さえ、この件については黙秘状態なんだ」
「御老公って、先々代の南海竜王だった黒龍よね。やっぱり大悪神の家来だったの?」
虚空蔵菩薩は、深刻な顔つきで観音菩薩へ忠告した。
「あなた、御老公の聞こえる場所で、大悪神なんて言葉を、絶対口にしてはいけないよ。逆鱗に触れて、雷を落とされるからね」
黒龍が落とす雷は、文字通り、正真正銘の雷霆だ。観音菩薩は思わず周囲を見回した。けれど、ここは虚空蔵界、天龍界ではなかったと安堵した。
「でも、虚空蔵菩薩、あなたは、ある程度事情を知っているのでしょう?」
虚空蔵菩薩は口の端をクイッと引き上げ、目立たぬ鼻から息をフンと吹き出すと
「もちろんさ」と、言った。




