11 観音菩薩 拈華微笑を忘れる(3)
「そう、大劫に関すること」
観音菩薩が繰り返すと、虚空蔵菩薩は
「ああ、それ禁書扱いだから」と、素っ気なく答えた。
観音菩薩は貸出しが禁止なのだと思い「閲覧だけでもいいのよ」と言うと、
「閲覧も禁止」と、瞬殺だった。
「・・・・・どういうこと?」
虚空蔵菩薩は、珍しく糸のような目を大きく開き、拈華微笑を忘れた観音菩薩をしげしげと見上げた。
(へえ、観音菩薩が拈華微笑を忘れてるよ。これは、おもしろ半分で来た訳じゃなさそうだね)
「せっかく遠路お越しになったのだから、このまま手ぶらでお帰りくださいというのも心苦しい。ちょっとお茶でもしましょうか」
虚空蔵菩薩は、観音菩薩をお茶へ招待した。
緑茶、蓮葉茶、棗茶、桑実茶、月餅、蒸し菓子、果実、木の実の盛り合わせ等々、テーブルいっぱいに並べられた急須と茶碗に茶菓子。虚空蔵菩薩は、精一杯観音菩薩をもてなすと、一寸席を外し、古びた竹簡のような巻物を持ってきた。その巻物には、ぐるりと紅焔がゆらめき、紐状になって巻きついていた。
「ほら、これを一冊、見本に持ってきたんだ。これは、大劫事件の記録簿の一部だよ」
「へえ、これがそうなの。触ってもよろしいかしら?」
「どうぞ、どうせ開けられないから」
観音菩薩は巻物に手を触れたが、火炎の紐が解けることはなかった。その様子を見ながら、虚空蔵菩薩が話した。
「ここの資料は、来る者拒まずで利用できるのがモットーなんだ。ここへ来ることができさえすれば、見たり読んだりできるってことだよ。ただ、禁書は例外だ。それで、内容は教えられないけれど、どうして禁書となるのか、説明しておくよ」
観音菩薩は、お茶を喫しながら耳を傾けた。虚空蔵のある虚空蔵菩薩界は、誰でも辿り着ける空間ではない。確かに、ここに辿り着ける者ならば、虚空蔵の資料を利用できるというのは、理にかなったルールだ。
「禁書は、上位界からの指示で一時的に指定されるものがある。そういうものは、紐で括って封緘してあるだけだ。封緘前に目を通しておけば、私が内容を覚えている。ところがね、これは、紅蓮業火で封緘してあるんだよ」
「これ、紅蓮業火なの?でも、火傷しないわよ。どんなものでも焼け尽くす炎が、紅蓮業火じゃないの」
「まあ、仮想的紅蓮業火ってところかな」
「仮想的???」
虚空蔵菩薩の言う事は訳が分からない。拈華微笑を忘れるどころか、眉間に縦皺まで寄りそうだ。
「ここの資料は、誰かが記録作成したものを収めてもらったり、あるいは、私自身や、ここで働く者が記録したものなんだ。それと、もうひとつ、勝手に現れるものがある」
「勝手に現れるの?」
「そう、ある日突然、棚に勝手に現れる。この巻物もそうだったらしい。七代くらい前の虚空蔵菩薩の記憶によれば、そうらしい」
「へえ、そうなの」
虚空蔵菩薩だって、長い年月経つうちに代がわりする。そして、代々の虚空蔵菩薩の記憶を引き継いていくのだ。
「で、これは出現した時からこの状態だった」
「それって、どういうことなの?」




