10 決死の神上げ(1)
私の前、漆黒の闇の中に、小さな女の子がしゃがんでいた。もう、弱々しい燐光を帯びる輪郭だけで、目鼻立ちさえ定かでない。はっきり顔立ちを肉付けしてあげたくても、私には、ミヌメの顔が思い出せなかった。
ただ、思い出せたこともあった。南海龍王の第三王子とミユメの婚姻の宴は、大劫が起こる少し前だった。あの時、宝珠を結婚祝いとして贈ったのだ。だから、ミヌメと夜の滝壺を前に、約束したのも実際にあったことなのだ。ただ、私の方は、それほど重大な気持ちで言ったことでもなかったので、記憶には残らなかったのだ。大劫が起こらなければ、本当にミヌメの結婚の時に、お祝いしに行っていたかもしれなかった。そうなっていれば、このように重い誓となって、ミヌメが邪気を帯びるまで、縛り付けることもなかったろうに・・・
「ミヌメ、長い間待たせて本当にすまなかったね」
小さな女の子は、私へ駆け寄り抱きついた。
「ううん、来てくれたからいいの。嬉しいっ、でもワカミアヤ、なんかモフモフしてるし、姿が見えないよ」
「・・・私は闇の中でしか姿がないんだ。うわっ、ミヌメ、それっ耳だぞ」
ミヌメはいきなり猫耳を掴み、クニュクニュ揉んで歓声を上げた。
「ウワア、可愛いっ、とっても柔らかくて気持ちいい。ワカアミヤはどんな姿でも素敵だねっ」
(ははっ、過分なお褒めの言葉をありがとう)
ついさきほど、邪気で真っ黒な沼底まで私を引き摺り込んだ女神と、彼女が一緒だなんて信じ難いほど、無邪気な振る舞いだ。今の彼女からは、邪気がすっかり消えていた。
私は、どうしても知りたかったあと一つの事を尋ねた。
「あの宝珠は、どこから来たものなのだ?」
今度は、私の尻尾(どうしてミヌメは、猫科動物の弱い所ばかり狙ってくるんだ?クウゥッ)を掴んだり、離したりしながら言った。
「それはね、ミユメお姉ちゃんがね、持ってきたの。大昔に、もっと北の方で海底火山が大噴火して、島の人たち皆んないなくなっちゃったの。もう、誰も、祠のお世話もしてくれないから、あたしももうすぐ消えちゃうと思っていたの。そしたら、海からミユメお姉ちゃんが上がってきたの。南海龍王が代替わりしたので、天龍界へ引っ越しするから、一緒においでなさいって言われたの」
「どうして、残ったの?」と、聞きながら、私のせいだよな、と思った。
「だって・・・ワカミアヤと約束したもの。大劫の事は聞いていたし、ワカミアヤが行方不明ってことも知ってたわ。でも、きっと戻ってくるって信じていたの。それにね、お姉さんにも言ったの、ワカミアヤが戻ってきた時、知っている人が誰もいないなんて、可哀想だって、あたしが宴を抜けたときも、あたしが一人にならないように来てくれたのは、ワカミアヤだけだもの。だから、あたしも、ワカミアヤをひとりぼっちにしちゃダメだと思うって言ったの。そしたら、お姉ちゃんが、宝珠を出してきて話してくれたの
『旦那さまから、あなたが残ると言ったら渡すようにと言付かってきました。この宝珠には、ワカミアヤの詰め込んだ神威がまだ残っているから、これで無人の島にいつか祭祀を行う人々が来るまで耐えなさい』って」
(ああっ、あの神上げ十回分の神威が詰まった宝珠か・・・そりゃ、数千年単位で、保つわ。やれやれ、上古で私のやった事が、まだ因果も完結しないで、引き摺っているなんて、一体どうなってるんだ・・・)
本当に、もう頭を抱え込み、丸まって闇の中で惰眠したくなった。




