9 妹島の女神(5)
神様が、あたしの後ろに立っていた。夜の闇の中でも、神様の全身は青白い光にボウッと包まれていた。
「隣に座ってもいいかい?」
神様に訊かれて、あたしは頷いた。神様は、あたしの隣にきて、あたしと同じ様にしゃがみ込んだ。神様とあたしは、満月が輝き、天の川が煌めく夜空の下、だた滝の音を聴きながら、大きな滝壺に流れ落ちていく水や、月明かりに輝く木立とか、そんな景色を眺めていた。
神様は黙ったままだったけれど、あたしは体が暖かくなって幸せな気分になった。いつの間にか、あたしは勝手にしゃべっていた。
「お父さんと、お母さんね、ずっと男の子が欲しかったの。あたしが生まれる前も、今度は絶対男の子だって楽しみにしていたそうなの。でも、生まれたのは、女の子のあたしだったの。でもね、あたしは一番小さいから、みんな可愛がってくれたの」
神様は、何も言わず、ただ聞いていてくれた。
「それでね、この間、やっと男の子が生まれたの。お父さんも、お母さんも、ものすごく喜んだの。あたしも嬉しかったの。ただ、今日は、ちょっとだけ寂しかったの」
あたしの頬を涙が伝わり落ちた。
「お姉ちゃんがお嫁にいくお祝いの宴なのに、泣いちゃダメだよね」
神様は、ちょっと驚いたみたいに目を少し見開いて、それからふふっと笑った。
「いや、ミヌメ、私は泣いた方がいいと思うよ。どうしてだか、分かるかい?」
思っていたのと違う答えだったので、あたしは
「えっ、どうして?」と、尋ねた。
神様は、今度はちょっと意地悪そうな表情で笑った。
「フフンッ、泣きたい時に我慢すると、鼻へ逆流して、鼻水になって垂れてくるんだぞ。ミヌメは、涙を我慢して鼻水垂れ子ちゃんになっちゃうんだ」
「もうっ、神様の意地悪っ」と、あたしは真っ赤になって叫んだ。
「ハハハッ」
神様が笑うと神気が溢れ、あたしの座っている周りの青草が輝いた。
「綺麗・・・」
しばらくして、神様が言った。
「ここは、本当にいい所だね」
「うん、いい所でしょ」
あたしは笑顔で神様を見た。神様は、あたしの首飾りに気がついた。
「ちょっと、それを貸してごらん」
首飾りを外して、神様に渡した。神様は受け取ると、それに神気をそうっと流し込んだ。
「うわぁ、凄い・・・」
ワカメは瑞々しく艶やかな翡翠色になり、貝殻も、蔓草も、金の真砂をふりかけたみたいにキラキラと輝いた。それを、神様があたしの首にかけ直してくれた。
「これで数年は持つよ、でも、形あるものはいつか無くなるものだ。その時は、また、自分で頑張って作ればいい」
「ありがとう、神様」
あたしは、神様にお礼を言った。
「ねえ、神様、ここにずっとはいないの」
あたしは、神様にずっとここにいて欲しかった。神様は嘆息し
「ここにいたいけれど、明日から常世の国は、大祭が始まるから、帰らないとねえ」
と、残念そうに言った。
「また、いつか来てください」
小さなあたしにでも、それは無理なお願いだと分かっていた。だって、神様はもの凄く偉くて、もの凄く忙しい方だと、皆んなが話していたから・・・でも、神様はあたしの頭をなでなでしながら、
「そうだな。じゃあ、こうしよう。ミヌメが大きくなって、お嫁に行く時、また来るよ。そして、今日みたいに宝珠に神威を詰めて、いや、今日の分よりもっと詰め込んだのを持ってきて、お祝いしてあげよう」
と、おっしゃってくださった。
翌日、目が覚めたら昼前で、神様はもう帰った後だった。姉たちからは、寝ているあなたを抱っこして、ワカミアヤが戻ってきた。抱っこしてもらうなんて、あなたは果報者だと羨ましがられた。
(ワカミアヤ、帰っちゃったんだ・・・でも、約束してくれた)
あたしは、お嫁に行く時、神様がお祝いに来てくれるのを楽しみに待とうと思った。




