9 妹島の女神(4)
「・・・・・」
尻餅をついたままで顔を上げた。太陽を背に、白くて綺麗な人がいた。
(神様かな?とっても白くてボウッと光ってる。目が真っ青で、海より綺麗。キラキラ光って吸い込まれそう)
白くて綺麗な人は、微笑んで、長い腕であたしを支えてくれた。とっても背が高くて、足が長い。お父さんより、ずっとカッコいいし、ぼうっとするほどいい香りがした。背中の後ろには、蝶のように半透明の翼が何枚かあって、キラキラ輝いていた。
「ごめんよ、驚かせちゃったね。この海岸には、今時分なら誰もいないだろうと思って、騎龍を転身させないままで近づいてしまった。おや、足元がふらついているよ。大丈夫かい?」
神様は、心配そうに私を覗き込んだ。勿体無いほどお美しい神様に覗き込まれて、あたしは真っ赤になった。
「ワカ、その子、たぶん俺が嫁取りするミユメの一番下の妹だと思う」
ぼそっと声がした。
その時、私はやっと神様の後ろにもう一人誰か立っているのに気がついた。褐色の肌に漆黒の髪、鷹のように鋭い金色の眸の若者だった。でも、私の前にいる神様の方が、ずっとずっと綺麗でカッコ良かった。神様の長い髪は白銀色で淡く光を帯びていて、風にそよいで、私の腕に一瞬触れた。そこからは、暖かな神気が流れ込んできた。
「きみ、名は何というの」
神様があたしに尋ねた。
「あたしの名はミニュメです」
あたしの名は発音が難しい。あたしは小さいので正しく発音ができなかった。ああ、また変な名前を言ってしまった。
「ミ?メ・・・?」
神様はあたしの言った名前を繰り返し、頭を捻った。そして、手を拍った。
「分かった、ミヌメだろう」
「そうです」
あたしは、満面笑顔で頷いた。
その夜の宴には、海神王の家老であるあたしの父とあたしの母、そして十一人の姉と先日生まれたばかりの弟、そして村人が全員参加した。海と山のご馳走を食べ、歌ったり踊ったり楽しい宴だった。父は、先日生まれたばかりの弟を、神様に見せて名前をつけてほしいと頼み込んでいた。
「いや、海神王を差し置いて、私が名付け親になるなんて、そんな厚かましいことは・・・」
神様が笑いながら手を振って断るのへ、押しの強い父はギョロッと目を剥き、さらに頼みこんでいた。
「いやいや、海神王も、ワカミアヤに名付けていただいたと聞いたら、お喜びになるに違いありません」
「いや、まあ、まあ、その話は宴が終わってからゆっくりしよう。今日は、あなたの娘ミユメと黒い龍が主役なんだから」
神様はにこやかにそう話すと、今日の主役二人の方へ近寄った。
「南海龍王の第三王子、それにミユメ、おめでとう。私からの祝いの品だよ」
と、神様はふたりの目の前に手の平を上に向けて差し出した。手の平の上に、金色に輝く宝珠が現れた。宝珠はキラキラと輝き、八方に広がる光線は、真昼の明るさで、松明の明かりが霞んで見えるほどだった。
「ワカ、何ですか!これっ」
黒い龍が立ち上がり叫んだ。
「何って、宝珠じゃないか。私からの祝いの品だ。神威を満タンに詰めておいたからね」
「キラッキラッじゃないですかっ、一体どれだけ神威を詰め込んだんですか」
神様は、宝珠を見せたまま、にこにこ笑った。
「明るいだろう。夜明珠みたいに照明にも使えるよ」
「これ、神上げが十回はできそうなくらい神威が入ってますね。それを、照明に使えだなんて、どんだけ贅沢なんですか、ありがとうございますっ」
黒い龍は、感激のあまり、顔を真っ赤にし、目をウルウルさせて叫んでいた。本当に仲の良さそうな主従だ。
あたしは途中で宴をこっそり抜け出し、村の近くの滝壺まで散歩した。今日は満月で明るい夜だし、宴で賑やかだから、怖い動物は寄りつかないだろうと思った。
「せっかくワカメをつけて飾ったけど、乾いてカピカピになっちゃった。蔓草も、弱ってきて何だか貧弱になっちゃった」
上の姉たちは、神様が来るからと大騒ぎして、今日は朝からおしゃれに余念がなかった。私はまだ小さいから、化粧なんて上手にできない。最近、お父様や、お母様は、やっと生まれた男の子に夢中で、私がいることも忘れているようだ。
「・・・・」
私は口を尖らし、森の外れの崖の上から、滝壺を覗き込んだ。滝から跳ね上がる水飛沫が、月明かりに反射して、星のように煌めいた。
「へえ、夜の滝って綺麗だね」
(神様?)
私は、ぱっと振り返った。




