9 妹島の女神(2)
婆ちゃんの叫び声に驚き、私は我に還った。
島本教授も、婆ちゃんの後ろから祠の中を覗き込んでいた。
婆ちゃんはクルリと振り返り、怒りに身を震わせて叫んだ。
「あいつらじゃ、東京から来たあの連中、勝手に島へ上がり込み、持って帰ったに違いない。わしは、大甥の弥太郎には、決してこの島によそ者をあげてはならんと言ったのに、言うことを聞かんからこんな事にぃぃぃぃっ」
(私たちも一応よそ者ですよ。婆ちゃん)
「弥太郎って?」と、頭を傾げる光一へ、島本教授が
「本家のご当主だよ。弥太郎さんも、もう結構なお年の方に見えたがねえ。見沼さんは弥太郎さんのお祖父さんの妹だと聞いている。さて、見沼さんは一体おいくつなんだろうなあ」と、ひそひそ喋っていた。。
ツッコミを入れても仕方ないので、とりあえず、律子さんへ念話を送った。
“律子さん、東京から来た調査員が、祠から何か持ち出していないか、至急確認願います”
島本教授が、婆ちゃんに恐る恐る近寄り、宥めた。
「まあまあ、見沼さん、落ち着いて、本当に御神体がないのかな、もう一度確認したらどうですか」
婆ちゃんは、黴臭い祠の扉を開け放し、中を指さして言った。
「この開けてすぐのところに、透き通っていて、桃のような形の置物があったのじゃ、それが、御神体じゃ、見てみい、影も形もないじゃろうがっ」
律子さんから返事が来た。
“大変よ、顯くん、ダーキニーに確認させたら、あの人たちが持ち出したのは、宝珠よ。でも中身は空だったわ”
(宝珠だって・・・空ってなぜ?)
宝珠は、神威を貯めておく器で、桃みたいな形をしている。神威が満タンに入っているとキラキラと黄金色に輝くのだ。そういえば、上古の時代には、有り余る神威を宝珠に詰めて、贈り物なんかにしたことがあったなあ、と思い出した。そこで、心臓が一拍跳ねた。
私は宝珠を誰に贈ったのだろう。
歌に出てくる姉さんって何者だ?
考え込んでいると、念話が飛び込んできた。
“顯、気をつけて、神主さんのところの邪気が物凄く強まってきた。今、必死で押さえ込んでいるけれど、何だか物凄く重い邪気よ、神主さんが、亡くなった調査員から宝珠を預かっているわ。壊れてはいないけれど、中身は空っぽよ”
ダーキニーからの念話だ。余裕のない口調は、それだけ邪気への対処に気を取られているのだろう。
「顯、来い、早く来い、沼の水面が揺れてる、変だぞっ」
光一が水面を指差し叫びながら、こっちへ来いと右腕をぶんぶん振り回した。島本教授と一緒に光一の傍まで行くと、黒い沼の水面がゆらゆら蠢き泡立ち始めた。
(拙い、邪気が強まっている)
私は術を発動させ、教授と光一を障壁の中へ閉じ込めた。けれど、見沼の婆ちゃんが、いつの間にか沼の真近くまで来ていた。
「見沼さん、ダメだ、危ないから戻ってっ!」
怒鳴ったが反応がない。何かに誘われるようにフラフラと沼へ入ろうとした。私は、婆ちゃんへ駆け寄り、回り込んで岸辺へ押し戻そうとした。
(ミツケタ、ワカミアヤ、カエッテキタ)
声が脳裏に響き、私は婆ちゃんに突き飛ばされ沼へ落ちた。




