8 見沼の守る祠の祭祀(4)
家の中、南向きの一番広い和室に案内されたが、その部屋の半分近くを織り機が占めていた。
「これは立派な織り機ですねぇ」
島本教授は織り機に近寄り、興味深げにあちこち観察した。
「触ってはならん、それは祭祀で捧げ物とする反物を織り上げる織り機なんじゃ、潔斎してからでないと触ってはならん」
「おおっ、これは失礼しました」
婆ちゃんは庭の一角にある井戸を指差し
「あの井戸水を汲んで、手を洗い口を濯いでから、触りさない」と、言った。それから小声で
「本当は、妹島の泉の水で潔斎しておったが、泉は枯れてしもうたからの」と、寂しそうに言った。
島本教授は、鞄から大学ノートを取り出して、一生懸命書き取りした。
「私は、やはり自分で書かないと納得がいかないものでね。ただ、録音させていただけたら助かるんですが、よろしいですか。」と丁寧にお願いする教授の横で、私も教え子らしく畏って頷いた。島本教授の真面目な態度は、婆ちゃんのお眼鏡にかなったようで、
「ああ、録音したらええよ」と、許可してくれた。
その後、お茶を淹れて出してくれ、昔の祭祀の様子を詳しく話してくれ、最後には、祭祀の祝詞まで奥の部屋から持ってきて見せてくれた。見沼の婆ちゃんは、心を開くと、とても親切な人だった。
島本教授は、折り目に虫食いのできた古びた祝詞をじっくり読んだ。
「何だか、不思議な祝詞ですね。最初と最後は分かるが、真ん中がまったく意味が分からない」
確かに、最初の方は、『いと浄らかな蓮糸を撚り、乙女が織りましたこの反物を、この年にまた、みうの女神に捧げ申し上げ候云々』とあり、最後は『よろしく納めたまえ、畏み畏み申し上げ候』となっていた。しかし、その間の部分は、カタカナで書いてあってまるで意味不明だった。
「このカタカナ書きの所は、祭祀を行う時、祠の前で皆で歌った歌じゃ、言い伝えじゃと、女神さまは生娘じゃったそうで、男子を怖がりなさったから、女だけで歌って、反物を捧げたのじゃ」
へえ、ここで「生娘」なんて言葉を聞こうとは、今じゃほとんど死語だし、差別用語扱いされかねないよ。
ちょっと驚く私の横で、島本教授は大真面目に
「ほう、歌なんですか」と、興味津々だった。
「そう、こんな風に歌ったんじゃ」
婆ちゃんは普段の声とは似ても似つかない、細く高い声でそっと歌った。歌ったところで、今の人にはやはり意味のない、どこか悲しい感じのする歌にしか聞こえない。けれど、私には、その歌の意味がすべて分かった。それは上古の言葉、神や精霊が人間の近くにいた時代、人ならざるものと人とを繋ぐ神聖な言葉だった。けれど、内容は、来ると約束したのに来ない誰かを待つ恋歌だった。
また、来るね、と約束しました
あの日、黒い龍に乗り、あなたは東の常世の国へと帰っていった
私が大きくなって、お嫁に行くときは、姉さんと同じように祝ってあげよう、約束だよとおっしゃった
ワカミアヤ ワカミアヤ
私はあなたとの約束を守ります
ずっとこの島で待っています
いつまでも いつまでも 待っています
「・・・・・・・」
歌を聞くうちに勝手に涙が溢れそうになった。人間の体は、正直に感情に反応する。上古の言葉で「ワカミアヤ」は、私のことだ。それは分かるのに、この相手が誰なのかが思い出せなかった。




