7 御お祖島字姉島へ上陸だ(2)
背丈の二倍近い大きな幟を持ち、見沼の婆ちゃんは護岸壁の階段をヨタヨタと降りてきた。岩戸さんは船を繋留すると慌てて飛び降り、彼女の方へ足早に近づいた。
「婆ちゃん、この人たちは、俺の旅館のお客さんだよ」
幟を括り付けた竹竿を握りしめ、彼女は剣呑な表情で私たちを見上げた。彼女は小柄で、百五十センチもなさそうだ。後側で団子に引っ詰めた白髪頭を振り立てて、こちらを指差しいきなり叫び出した。
「この島は、女神さまの島じゃ。お前たちのような、汚い連中は早う去れ、女神さまの土地を汚してはならんっ」
(また、女神か・・・私は、女神案件専任なのかぁ?)
女神と聞いた瞬間げんなりして、一気にやる気がダダ下がりした。しかし、どうして彼女はこれほど好戦的な態度を取るのだろう。岩戸さんは、婆ちゃんを押し留めようとしたが、婆ちゃんはその腕を払いのけた。相手がお年寄りで、岩戸さんは乱暴なことはしたくないのだろう。彼女と私たち両方へ視線をおろおろと彷徨わせ、困りきった様子だ。
「婆ちゃん、俺の旅館のお客さんだ。船から降りてもらうところなんだから、邪魔しないでくれ」と言うと、こちらへ戻ってきて船と岸の間に板を渡して、私たちが降りるのを手伝ってくれた。
コンクリートの地面に降りると、婆ちゃんは、まだジロジロとこちらを睨んでいた。
「なあ、なんか、あのお婆ちゃん怖いなあ・・・」
光一が耳元で囁いた。婆ちゃんは怖くないが、女神は怖いよと返事をしたいところだが黙っていた。
彼女の幟へ視線を移すと、真っ白な晒し木綿地に墨痕淋漓というよりも、おどろおどろしい雰囲気で、
「リゾート開発反対、よそ者は帰れ、呪われるぞ」
と殴り書きしてあった。
「すみませんね。あの婆ちゃんは、もともと妹島に住んでいた人で、台風被害のあと姉島へ移ってきたんですが、最近ますます偏屈になってしまって・・・悪い人じゃないんですが」
岩戸さんが申し訳なさそうに言った。しかし見沼の婆ちゃんは、まだ納得していないのか、私たち三人の方へさらに近寄り、まず、島本教授を指差し「さっさっと島から出て行けっ」と怒鳴り、次に、光一へも同じく指を突き立て「おまえも、さっさっと島から出て行けっ」と怒鳴り、次に私へも指を突き立てた。おっ、私の番だな、と思っていたのに、指差したまま、婆ちゃんは目を見開き固まってしまった。
「・・・・・・・」
一体どうしたのだろう。私の顔は、堂明寺一族寄りの、目鼻立ちのはっきりしたきキリッとした顔立ちではあるものの、神森の方の茫洋とした人相も混じっているので、そんなに恐ろしくはないはずだ。どうして、固まってしまったのだろう。
「カラン」
婆ちゃんは幟を投げ出し、小走りするといきなり私へ抱きついた。
「帰ってきたっ、帰ってきた、待ってたよう」
「はあ?」
一瞬、誰かの姿が脳裏を過ぎった。しかしそれは、誰とも分からぬうちに消え失せた。




