7 御お祖島字姉島へ上陸だ(1)
私の予想通りだった。
「何で、俺、こんな旅行へ行こうなんて思ったんやろう。本当に馬鹿だった。頭がどうかしていたんだ」
私の目の前で、真っ青な顔で横たわり、三分おきに規則正しくこのセリフを吐く光一・・・鬱陶しい事この上ない。光一は、悪石島へ向かうフェリーの中で、船酔いに苦しんでいるところだ。
「何で、顯は船酔いせえへんねん。神様は不公平やあ〜」
(いや・・・面と向かって不公平といわれてもなあ・・・避けよう、避けようとしているのに、神に関わろう、関わろうとする、君も悪いのと違うのかなあ・・・)
光一は知らないうちに、人間と思っている私と色々関わってしまった。そのため、神同士のあれやこれやに巻き込まれやすくなってしまった。
(だから友達不要、友情の押し売りはお断りの方針で来たのに〜、何でそこを乗り越えて来るっ。私の方こそ、ぼやきたいよ、まったく・・・)
翌日、悪石島に上陸して、光一の船酔いは一旦治った。けれど、御お祖島からの迎えの船は、小型漁船だった。
「ヒイィィィ〜、あんな小さい船に乗ったら、また俺の船酔いが〜」
(もう、仕様がないなあ・・・)
私は、光一の背中へそっと手を当て、極々微量の神気を送り込んだ。
(日の本では、私は人間ということになっている。神力を使うわけにはいかないからなあ。でも、この辺りは境界が曖昧だと律子さんが話していたから、この程度なら問題にはならないだろう)
光一の船酔いくらい、その気になればすぐに治せるのだが、日の本における私は、あくまで人間なのだ。可哀想だが、光一が、私のご利益に恵まれることはないのだ。まあ、今日は特別の例外だ。
迎えに来てくれたのは、姉島で漁師兼釣り旅館を経営する岩戸さんだった。がっしりとした体つきで赤銅色に日焼けした、元気な漁師さんだ。
「君たちが予約してくれた伽藍くんと神森くんだね。君たちの泊まる岩戸屋の岩戸です」
岩戸さんの案内で船に乗った。船には先客がひとりいて、甲板の奥まったところで爆睡中だった。顔に大判のハンカチを乗せて、鼾をかいている。岩戸さんが、私たち二人の視線が向かう先に気がつき笑った。
「あの人は、今朝、夜明け前から釣りにいって、今、昼寝中だよ。今日の釣果は大漁だから、今晩はご馳走だ」
明るい岩戸さんの声にも、光一は青い顔色で首をふり
「俺は、何も食べられない。もう、海の波を誰か消してくれ」
とつぶやいた。
船が動き出し、しばらくするとハンカチを持ち上げて先客が起き上がった。
「ふあーあ、よく寝たなあ」
両腕を伸ばして伸びをしながら、そばに座っている私たちふたりに目を止めると、
「おや、君たちも岩戸さんのところへ宿泊かね?ここのご飯は美味しいよ」
と、人懐こい笑みを浮かべて話しかけてきた。歳の頃は四十代後半か五十代初めくらい、額が広く、鼻が幅広で団子鼻気味で、銀縁メガネが手放せないようだ。 船酔いが治り気分が良くなった光一が、
「ぼくたち、卒業旅行なんです」と応えた。
「卒業旅行かい、高校を卒業かな?どこかへ進学するのかね」
「西都大学です」
「私が教えている大学じゃないか。これはまあ奇遇だね。私は、文化人類学部の教授で、島本 拓弘というものだ」と名乗った。
「大学の先生なんですね。ぼくは、今春入学する伽藍 光一です。それから、彼も入学する神森 顯くんです」と、ついでに私のことも紹介してくれたので、黙礼しておいた。
西都大学のことや、今朝の釣りの話などするうちに、船は島へ近づいた。
「ここはね、姉島と妹島があるんだ。で、住所が、御お祖島字姉島と字妹島になるんだよ」と説明してくれた島本教授へ、私は尋ねてみた。
「妹島の方は、無人島だと聞いたのですが」
「そうだね、今は無人島だが、何十年か前は、数家族住んでいたそうだよ。だが、台風の被害があって、村を引き払ってしまったそうだ」
「村の方は今どちらにお住まいなんですか?」
「うぅぅん、この姉島と、あと東京の方にいらっしゃるらしいね」
島本教授は、この島の事情に詳しいようだった。私は、釣り目的以外にも用向きがありそうだなと思った。
しばらく雑談するうちに、姉島の港へ入った。船の停留場所に近い、コンクリートの護岸壁に、幟を突っ立てて待ち受けるおばあさんいた。
「わっ、誰か歓迎の幟を持って迎えに来てくれてるよ」
光一が呑気に言う側で、岩戸さんが困惑した様子で言った。
「また、見沼の婆ちゃんがいる」
私は、見沼の婆ちゃんと呼ばれる人へ、視線を向けた。




