5 観音菩薩 拈華微笑で叱る(1)
「実に、実に、申し訳ないっ、うちのお嬢が勝手をして、ご迷惑をおかけした」
ここは青華寺、密教寺だ。
で、私は、ここの一室で布団を敷いてもらって寝込んでいる。そして横で頭を下げて平謝りし続けているのは、ご本尊、ええっと何だったけ、熱で頭がボウッとして・・・そうそう、降三世明王だ。それから、お嬢というのはダーキニーのこと。
「私も謝ります。まさか、こんな大ごとになるなんて・・・」と、続けて律子さん。降三世明王と律子さんが謝っている相手は・・・
「律子さん、わたくし、あなたには、最初にご連絡をいれましたよね。詳細は言えないが、訳ありのぼっちゃんなので、良しなにお願いしますって」
液体窒素で超速瞬間冷凍級の声。
「ええ、ええ、それはもう、おっしゃる通りでございますとも」と、ひたすら低姿勢の律子さん。
私の枕元には、海雲寺の本尊、観音菩薩が立ち、反対側には、律子さん、降三世明王、ダーキニー、それと爺ちゃん神様が頭を下げて平伏中だ。つまり、寝ている私を神と仏が取り囲んでいるのだ。
(何だこれ?・・・まるで臨終間際に家族会議で揉めてるみたいじゃないか)などと、私は不謹慎なことを考えた。
さすが観音菩薩、こんな時にも、優婉な笑みを崩すことはなく、ただ体中から、“怒っているのよ”、“激おこ中なのよ”と、稲妻のように怒りを放射する。これぞ拈華微笑(笑っていても、以心伝心)。
(そうだ、もっと言ってやれ、言ってやれ、ダーキニーと律子さんがつるんでいたせいで、こっちは無駄に大技使って、えらい目にあったんだ)
顯の体は、ただ今絶賛発熱中、四十度の高熱だ。
私は海雲寺へ戻りたかったのに、律子さんとダーキニーは、痙攣が収まらない顯の体を大慌てで青華寺へ運び込んだ。この寺の和尚は、堂明寺伯父さんとは小中学校の同級生だ。律子さんに言われて、慌てて海雲寺へ電話しているところだ。
(おかしいな・・・痙攣は治ってきたのに、どうしてこんなに熱がでる?この体、なんか変だぞ)
「どうした、坊、まだ気分が悪いのか」
菩薩の怒りのオーラのもとでも、マイペースな爺ちゃん神様が、顯の様子がおかしいのに気がつき、近寄って顔を覗き込んできた。爺ちゃん神様が、湯気の向こうにいるみたいに見える。やっぱりこれはおかしい。
「お医者さん・・・呼んでください・・・病気なんです」
私は弱々しい声で、顯の体の状態を訴えた。
「「ちょっと、この子、どうなってるのよっっ」」律子さんとダーキニーが叫び、
「坊っ、大変だわ」と、観音菩薩の顔から微笑が消えた。
青華寺へ迎えにきてくれた伯父さんが近所の医師に往診を頼んでくれた。病名は、インフルエンザだった。今までは、私が体を張って(あ、言い間違えた、体無くなってるのに)、顯の健康を保っていたが、先ほどの大技発動の影響で、一気にウィルスにやられたのだ。もう学生寮を引き払い、受験のために帰宅している絵美に感染してはいけないと、回復するまで青華寺にお世話になることになった。本当はさっさと治してしまいたかったが、まだ幼い顯の体に負担をかけすぎないために、通常モードで回復させることにした。




