4 大地母神、律子現る (6)
「あなたの事は、海雲寺の観音菩薩からも、青華寺のダーキニーからも話を聞いていますよ」
爺ちゃん神様に手を引かれた顯を見下ろし、律子さんが言った。一見どこにでもいそうなご婦人なのに、嫌な予感しかしない。
(この感じ・・・もしかして、すごくやばいかも・・・)
あともう少し背が高くて、足も長かったなら、爺ちゃん神様の手を振り切り、回れ右して一目散に逃げ出していただろう。
律子さんは、口元はにっこり微笑んでいるのに目元は氷点下という器用な表情をつくり、顯を見下ろしながらさらに続けた。
「この翁の杖が転がったところを、あなたが自分の方へ引き寄せて、返してくれたそうね。私からもお礼を言わせていただくわ」
(いや、お礼なんかいいので、早く帰らせてください。まだ、おやつ食べてないし・・・)
「いえ、そんな、お怪我がなくてよかったです」
精一杯無邪気に笑って返事をしたけれど、狼狽えて子供らしくない敬語を使ってしまったよ。でも、どうせ、子供らしさなんて通用する相手じゃない。
律子さんは、顯へ近づき、目線の高さにまでしゃがむと、目を覗き込みながら言った。
「礼儀正しいのね。ところで、あなた、本当は幾つなの?」
その瞬間、奈落の底へ落ちた。地獄の釜の蓋が開いた?いや、亜空間に飲み込まれたのさ。神威の強大な神は、神々の戦場を亜空間として展開できる。現実世界で神同士争ったら被害が甚大だから、亜空間の中でお互いの力量を試すのだ。
私が墜落したのは、律子さんが創出した亜空間の中だ。
(うわっ、最悪・・・やっぱり女神、しかも弩級の女神じゃないか!!)
己の学習能力の無さが情けない。『神は見かけによらない』、『女神を見たら災難と思え』、それらが座右の銘となるほど、手痛い失敗を何度繰り返してきたか分からないというのに、またもや地雷を踏んでしまった。
「一体あなたは何者なの、姿を現しなさいっ」
亜空間の中に、律子さんの声が凛と響き渡った。
(姿も何も、下界用の体は無くしちゃったのに、現しようがないよ〜)
如何ともし難く、返事をしないでいたら、下から不穏な気配が凄まじい熱量で吹き上がってきた。灼熱のマグマが、泡立ち波打ち、下から私を狙って迫り上がってきた。
(マグマ!!何で、マグマ??律子さんて、地母神なのかあぁぁっ)
上位神でない数多の神の中でも、地母神は神威の強い神だ。その中でも、亜空間に高温のマグマ溜まりを幻出できるのは、大地母神クラスしかいない。大地母神は、人間風にいうとプレートの境界や、ホットプルームからエネルギーを無尽蔵に蓄えた女神だ。そんなの世界中に十柱もいないはずだ。律子さんは、その十柱の女神の一人なのだろう。よりによって、そんな相手と対峙するなんて、もう絶体絶命のピンチだ。けれど体がないのが幸いして、紅蓮業火となって降り注ぐマグマを巧みに交わすことができた。これで時間を稼いで疲れさせ、根負けさせて、亜空間から現実世界に戻してもらおうと思っていたら、またもやとんでもないのが飛び込んできた。
「ちょっと、律子っ、私の顯に何ちょっかい出しているのよ」
私の前に背中を見せて立ち塞がったのは、ダーキニーだった。
(ダーキニー、そんな格好でやめろ、相手が悪すぎる、火傷するぞ)
ほとんど服を着ていないダーキニーが、高温のマグマで火傷しないかと冷や冷やする。亜空間とはいえ、負傷すれば現実世界に戻った後、影響が出るのは必至だ。
「ダーキニー、邪魔するのはやめなさい。彼の正体を突き止めるのは、私の役目ですよ」
ダーキニーの抗議にも、律子さんは攻撃の手を緩めない。こちらへ向かってマグマが巨大な三角波となって盛り上がるや、雪崩を打って崩壊し襲いかかってきた。
「させるかあぁぁぁ」
ダーキニーが叫び、前へ飛び出した。
(わあっ、駄目だ。焼け焦げになる。ああ、もうっ、何とでもなれっ)
仕方ない、私は奥の手を出した。




