29 九翼の一欠片(1)
丸薬飲んで今回はどうだったか?うん、治った。一応ね。まあ、それなりに痛かった。あの激痛は、過去に負った傷の記憶だから、実際に直すのは、神気を無理に通して痛めた体の方だけで、まあ、何とか耐えられた。額の傷も跡形もなく消えた。ただ、背中の痛いのが取れなかった。でも、これはたぶん、アテナに羽交締めにされたせいだ。小娘のくせに、あいつは怪力なんだよ。
今度はアテナの方が伸びていた。私に神気を渡しすぎたようだ。あの時、一体アテナからどれだけ神気を引き出してしまったのだろう。顯の体へ自分を留めるための命綱のように、どっと引き出したから、本当に申し訳ないことをした。
寝込んでるアテナのそばで、そんな事を考えていたら、ノラが部屋へ入ってきて話しかけてきた。
「アテナは、あなたに最も近い存在かもしれませんね」
「?」
私は首を傾げた。彼女の言っている意味が分からない。
ノラは、ワゴンに色々食べ物と飲み物を乗せて運んできた。
「もう、警戒される必要はありませんよ。どうぞ、召し上がって頂戴。せめてもの、お詫びです。凡人なのだから、いつまでも呑まず食わずではいられないでしょう」
私の口へ無理やり自白剤を流し込んでおいて、どの口でそんな事を言うのだろう。腹が立ちすぎて、言い返す気にもならない。
しかし、ノラは、私の不機嫌な様子を見ても、全然気にしないふうで、さらに話しかけてきた。
「灌奠水をヘラへ届けていただく前に、あなたに、ご注意申し上げておきたいことがあります」
話が長引きそうなので、私は、彼女と向かいあって丸テーブルの前の椅子に腰掛けた。
「まず、あなたに知っておいていただきたいのは、ゼウス神の神威の源には、あなたの神威が一部含まれているということです」
エエッ、あのエロ親父のゼウスの神威が、私の神威由来だなんて、嘘だろっ、嘘っていってほしい・・・(泣)
「私たちを、大劫から逃す時、ワカミアヤは自ら、ご自身の羽を一翼引きちぎられたのです。それが、オリュンポスを形作るそもそもの土台になったのです。そして、主神ゼウスの神威の一部にもなったのです」
もう、次から次へと、ノラはどうして、こんな心臓に悪い話ばかりするのだろう。もう、やめてほしい。
「そして、アテナは、女の腹を介さず誕生した女神であり、あなたの神威だけを神力の源として誕生したのです。ですから、アテナこそ、あなたに最も近い存在であると申し上げたのです」
私は宙を睨んで、しばらく黙然と考えた。アテナに対してだけ、つい感情的になって、冷静でなくなるのが、自分でも不思議だったが、まあ、鏡に向かって喧嘩する犬みたいなものだったわけだ。それは、仕方ないか・・・そこで、ふと気がついた。そうだとすると、このオリュンポスは、私の神威だらけってことなのか・・・
「あなたが、ここで神力を振るうと、お互い反発しあって、大変なことが起こります」ノラは、パンケーキを切り分けながら、恐ろしいことをさり気なく言ってのけた。
「それは、ゼウスに対して、私は、神力も法術も一切何も使うなということなのか?」
「その通りです。ゼウスに灌奠水を呑ませて、神力を封じるまでは、ゼウスに対して、あなたの神力は一切使ってはなりません」
私は頭を抱え込んだ。アテナがこんな有様で、灌奠水をヘラの元へ届けても、一体誰がゼウスを捕獲するんだよ。何の術も使わずに、人間の力の範囲で、ゼウスを制圧なんて、無茶すぎる。