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28 顯 完全に思い出す(3)

 私は、苦々しさが消えてしまった自身の心の中に、沈んでいた。どうして、弟がいることを忘れていたのか。ノラに言われるまで、まったく思い出さなかった。それに、あの苦々しい感覚は何だったのだろう。弟に対する私の反応に、懐かしさはなく、ただあの一瞬で消え去った苦々しさだけなのは、一体どうしてなのだろう。

 ノラは、横で私の様子を注意深く観察していた。

「神名帳から削除された瞬間から、その神に関する記録は、人々の心の中から消えていってしまうのです。審理を担当し、判決をくだした、この私だけが、彼の本当の神名を覚えているのです。けれど、一度、虚の神となった以上、罪が(くつがえ)りでもしない限り、その神名を私が明らかにすることは決してありません」

 私は、自分の声がよそよそしい冷淡な調子でノラヘ話すのを、聞いていた。

「弟の事は、もう覚えていない。あなた方が、審理を尽くして判決し、刑を執行したというのなら、私が、今さらとやかく言うようなことでもないだろう」

 ノラは頭を振った。

「いいえ、あの審理は、不十分なものでした」

「不十分・・・何が?」

 ノラは、私をキッと見据えて

「関係者の審問がひとり行われておりません」と言った。

「・・・・・・」

 どうして、ステュクスの名を使い、ノラが私をここへ呼び出したのか、遅まきながらやっと理解できた。

「そうですよ。ワカミアヤ、あなたへの審問は誰も行っておりません。やはり、あの審理は十分尽くされたとは言い難いものです」

 私は、思いっきり皮肉を込めて言った。

「審理も、刑の執行も終わり、これほど時間がたった今、そんな事を蒸し返して、一体何の意味がある?」

 それでもノラは引き下がらない。

「今だからこそ、意味があるのです。ワカミアヤが、お姿を現した今だからこそです。私たちが、あなたに柱を支えさせたまま放置していたとお思いですか?いいえ、天帝へ柱を支える役目を早く誰かと交代させるよう、何度も何度もお願いしたのです。けれど、戦いの真っ只中で、実行されることもなく、終結後もどういう訳か後回しにされて、ようやく交代の者が向かったとき、何が起きていたと思いますか」

 いつも、冷静なノラの目に、涙が浮かんでいた。柱を支えていただけなのに、泣かれるようなことがあっただろうか。

「天帝の対応があまりに遅いので、とうとう私たち、常世国の生き残りで、柱のもとへ向かったのです。そうしたら・・・」

 ノラは立ち上がると、私へ向かって両腕を差し伸ばした。手のひらの上に、ぼうっと淡い光が生じ、現れたのは、血で汚れた翼の一部だった。

「これだけが、あの現場に残っていたのです。ワカミアヤ、あなたの九翼の一部ですよ」

 私は、目を見開いて、その白い羽の塊を見つめた。もう失ったものだからと諦めていたものが、実際に目の前に現れたら、自分がそれをどれだけ取り戻したいと思っているのか、はっきり気づかされた。

「アテナ、彼を押さえつけて」

 ノラが叫んだ。気がついたら、アテナに羽交締めにされ、ノラが私の鼻を(つま)んだ。空気を求めて開けた口へ、何かがどっと流れ込んできた。

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