28 顯 完全に思い出す(2)
「ワカミアヤ、柱を支えていらした間、何が起こったかは、あなたは、ご存知ないのしょう?今から、それをお話ししましょう。そして、私が、あなたをこんな場所に、わざわざお招きした訳もお話しいたしましょう」
私は聞きたくなかった。耳を塞いでしまいたかった。聞いてしまったら、もう絶対、引き返せないところへ踏みこんでしまうのが分かりきっていた。けれど、彼女は、至極真剣な顔つきで話し始めた。
「大劫が終息した後、私たち、糺神浄玻璃鏡の者たちは、関係者から事情を聴取する準備に取り掛かっておりました。しかし、取り調べは延期になったのです。大劫の直後、魔族との間で大戦が勃発したからです」
「魔族と大戦?」
上古の時代、魔族とは、常に緊張した関係ではあったものの、戦争が起こるほど悪化してはいなかったはずだ。
「大長老の孫が、暗殺された。下手人は、ワカミアヤ、あなただと言って、魔族が突然、天界へ攻め込んできたのです」
「えっ、私が?」
私は、柱がわりになっていて、一歩も動けないのに、どうしてそうなるんだ?
「ええ、天界の者は、誰もそんな虚言は信じませんでした。あなたが、あの場所を離れるはずがないと、皆知っていましたからね。魔族との戦いは数千年に渡り続いたのです。そして、その間に天帝位の譲位がありました。魔族との大戦が、天界の勝利で終わり、私たちは、ようやく大劫の顛末を明らかにしようと動きはじめたのです」
道理で誰も柱を支えに交代で来てくれなかったはずだと、私は妙なところで納得した。魔族と全面戦争になったら、そんな事はすっかり忘れ去られていたのだろう。
ノラは話を続けた。
「その頃、翰林という名の女官吏が、天帝へ新しい刑罰の策定を上奏したのです。それが『神名帳からの削除刑』です。そして、その削除刑の執行を判決した最初の審問官が、この私だったのです」
あの時、ヘラが、この刑をひどく恐れていたのは、実際に刑の判決を行ったステュクスから、直接話を聞いたためであったのだろう。
「どうして、そんな厳罰を課す必要があった?上古は、最も重い刑は、下界へ落とすことだったはずだ」
「そうですね。上古は、それが最も重い刑でした。けれど、それでは、軽すぎると皆が思うようになったのです。それほど、大劫の影響が大きかったのです」
「新しい天帝が、翰林の上奏を取り上げたのか」
「そうです、大劫の審理が始まると、もう、その刑を言い渡すのが当然だという雰囲気でしたし、私たちも、罪状からすれば、それが当然だと思っていました。そして、私たちは、あなたの弟君へ、刑を申し渡したのです」
「弟・・・」
私は弟のことをすっかり忘れていた。ノラが弟のことに言及した瞬間、胸の奥底に苦々しい何かが湧き上がり、それはまたすぐ消えてしまった。