27 タルタロスの老女神(6)
老婦人は近づいてくると、私の顔をしばらくジィーッと見上げ、
「まあ、随分みすぼらしくなったわね」と、言った。
みすぼらしいなんて、もう散々言われてきたから、何とも思わない。今は、それより、灌奠水をもらってさっさと帰りたい。
「灌奠水いただきに参りました。よろしくお願いします」と言って、ヘラッと笑ってしまった。不真面目に見えたかなと気にしていると、
「私が誰なのか思い出せないのかしら」と、もの凄く不満げに言われた。
(ああ、そうなんです、さっきからどこかでお会いしたことがあるような気がするんですけれど、思い出せないんです)
それについて考えようとすると、また眩暈がぶり返して、アテナの方へもたれかかってしまった。アテナが私を支え直し
「彼は、具合が悪いので、中へ入れてください」と、頼んでくれた。
「その子を担いで、着いていらっしゃい」と、彼女が先頭に立った。私は、アテナに担がれた時、激しく揺さぶられ、へへっ、気絶しました。
意識が戻ると、高い天井が見えた。少し離れたところから、
「どうして、先触れを出さなかったの。ここは危険な場所ばかりなのよ。あなたはともかく、彼は凡人ではありませんか。よく、無事に来られたものだわ」
「ヘラが、間者がいるかもしれないから、連絡は取らないようにと言われたので」
先ほどの老婦人とアテナの声が聞こえた。間者・・・スパイがいるってこと・・・どこのスパイなんだろう?
私は、ゆっくり起き上がった。眩暈は完全に治っていた。三半規管がやっと正常に戻ったようだ。
「あら、気がついたのね」
老婦人とアテナが、丸テーブルの前に並んで腰かけていて、私の方を振り返った。私は、長椅子に寝かされていた。
「ここは・・・」
昔、世話になったドミンゴの家と雰囲気が似ていた。板張りの床に敷物が敷かれ、丸テーブルに椅子が数脚、長椅子が部屋の隅にあり、壁は石積みで、暖炉まで作りつけてある。神殿というより、どこかのお屋敷、いや普通の家だ。
「初めまして、いえ、本当は初めてではないのだけれど、私が女神ステュクスです。ワカミアヤ」と、彼女は自己紹介してくれた。丸テーブルの上には、もう、手土産が包みを開けて、散らかっていた。私が寝込んでいる間、ふたりで楽しく開封作業に勤しんでいたようだ。
「困ったわね。あなたに会いさえすれば、話がすぐ通ると思っていたのに・・・」
ステュクスは、頬杖をつき、眉をしなっと下げて言った。さらに
「まさか、凡人の姿でいらっしゃるとは予想外だわ。本当に困ったわね」と続けた。
うーん、そう言われても、私も困るんだが・・・