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探偵アケチの黙視録  作者: Nino
微笑む死体の作り方
9/12

アケチの肖像3

 アケチは幼少の頃から家族や周囲の自分に対する微かな落胆と、それを気づかせまいとする気遣い、逆にそれを仄めかそうとする悪意を感じながら生活してきた。

 アケチは頭脳のクロック数では親兄弟に及ばないものの、人一倍傷つきやすい柔肌のような感受性の持ち主だった。つまり自分への悪意や嘲笑には殊更に敏感なのだ。

 そしてアケチは服の皺一つ、白髪一本見逃さない驚異的な観察力の持ち主なのだ。口の端に浮かぶ微かな嘲笑の影、瞳の中に一瞬走る憐れみの色を見逃すことはない。

 アケチは手を抜かずに勉強を続け、親兄弟の通った地元にある私立の中高一貫校に入学した。地元を離れることも考えないではなかったが、やはりどこかでアケチ家を離れることへの躊躇いと、アケチ家において異分子であることを自ら認めることに恐れがあったのだろう。

 そしてアケチは御所大学に入学する。アケチが入学した際、兄は院生として、姉は四年生としてまだ御所大に在学中であった。アケチ家は御所大の近くに高級マンションの数部屋を所有しており、兄と姉は大学近くの部屋に住んでいた。

 兄は「ここに一緒に住めばいいじゃないか」と誘ったがアケチはごく控えめな調子でそれを断り、現在住んでいる賃貸マンションに入居した。それは兄や姉が住む部屋に比べるといかにも小さな単身者用の部屋であったが、家族はそれ以上何も言わなかった。アケチの気持ちを慮ったのだろう。

 アケチは二年生となり、兄は院を卒業して父の銀行に入行、姉は院には進まずに祖父の投資コンサル会社に入社した。部屋が空いてもアケチは「僕にはここが向いてるみたいだから」と小さな部屋を出ようとしなかった。

 アケチ家の異分子として、兄や姉の住んだ高級マンションは敷居が高いというのもあったが、実際のところ実家の自分の部屋より狭いのではないかと思われる賃貸マンションは、アケチにとって殊の外居心地が良かったのである。兄の住んだメゾネットタイプの高級マンションには他の兄弟同様に御所大志望の妹が住むことになりそうだ。

 アケチは生来社交の場や他者とのコミュニケーションを苦手とする気質を持っていたが、兄弟家族へのコンプレックスから更にその傾向は強まり、大学二年生の現在ガールフレンドはもちろん親しい友人もほとんどいない。

 アケチ本人は「自分は一人が性に合っている」と割り切っているつもりだが、楽しげに談笑する学生たちを見るとやはり心が疼く。アケチは自然と学食には足を向けなくなり、学校にいるのは授業の間だけ、授業が終わるとすぐさま自宅へ戻る生活だ。もちろん教室内でも独りでいるのは辛いが授業をサボるわけには行かない。そんなことが親に知れたらやっと手に入れた独りの生活も取り上げられてしまう。授業によっては友人のいないアケチにとっては苦行に等しい場合もあるのだが、教諭連や学校事務局にはアケチ家を知る者も多い。授業をエスケープしているなどと親に耳打ちされると困ったことになる。アケチは心を押し殺して授業に出続け、よい成績を収めるしかないのだ。

 とはいえ、アケチが周囲から一顧だにされない社会不適応者タイプの人間かというとそうでもない。実はアケチはとても人目を惹く容姿の持ち主なのだ。身長こそ百八十センチ台後半の偉丈夫である兄や父には及ばない百七十九センチ(これもアケチのコンプレックスの一つになっている)だが、スラリと伸びた長い手足と引き締まった体躯は若い牡鹿かまだ若いサラブレッドを思わせた。そして石膏像のように整った顔立ちは若さと脆さと鋭さがない混ぜになっており、容姿に恵まれた者が多いアケチ一族の中でも間違いなく一番のハンサムボーイと言えた。

 もっとも残念なことに、その整った顔立ちには多少の険があり、また、他者と目を合わせることが苦手なアケチは、彼の容貌の賛美者の視線を感じると更に頑なになってしまうので、その外見のせいで得をしたと感じることは滅多にない。

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