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探偵アケチの黙視録  作者: Nino
微笑む死体の作り方
8/12

アケチの肖像2

 引っ込み思案で人見知り。アケチは不登校や引き籠りにこそならないものの、周囲から内気で物静かな社交嫌いの少年として認識されながら育った。

 兄と姉はアケチとは真逆、明るく活発でリーダーシップ溢れる性格であったため尚の事アケチの内向的性格が目立った。そして悪い事に二つ違いの妹も長男長女と同じリーダー気質であったため、家族内におけるアケチの立ち位置は妹の成長とともに更に低下することとなってしまった。

 子供は親や周囲からの期待に敏感なものである。何気ない一言や、ごく控えめな溜息、一瞬の目配せなどから、親の自分に対する評価を敏感に読み取ってしまう。そしてそれは兄弟も同じこと。アケチの兄と姉、妹は家族内におけるアケチの立ち位置をすぐさま理解し、出来の良い彼等はすぐにアケチに対して気を遣うようになり、こういった親や兄弟達の態度はますますアケチを寡黙で頑な性格にさせた。世間的にはよくある類の話だ。

 アケチとて現役で御所大学に合格するほどの知力の持ち主である。そして恐らくは帝都大学であっても合格したに違いない。学歴だけで見れば決して兄姉妹に劣っているわけではないのだが、それでもアケチと他の兄弟達の間には明確な差異があった。

 アケチと他の兄弟達とでは、持っている知力の特性が違うのだ。他の三人はとにかく頭の回転が早く、知的推理能力にも長けている。一を知れば十を知る。木を見て森を想い、小川を見て海の存在を知る。脳の処理速度、推理能力、想像力、何れも人並み外れて高いのだ。

 まさにそれこそがアケチ家が栄えてきた理由でもあるのだが、アケチは他の兄弟たちが持つアケチ家の人間の特徴、まるで頭の周りにキラキラと星が舞って見えるような明晰な頭脳を持ち合わせていなかったのだ。

 これが当人にとっては耐え難い屈辱であり、彼の性格を歪めてしまった主原因であろうことは想像に難くない。祖父も父も兄弟達も授かった聡明さを自分だけが持ち合わせていないのだ。その疎外感、敗北感、無情感は相当なものだろう。

 ただし、アケチが全くの凡才であったというわけではない。彼は兄弟たちとは違う意味で才能に恵まれていたのだ。それが「観る力」である。アケチは見たものを瞬時に記憶できる直感像記憶の能力に恵まれていたのだ。

 アケチは本や新聞などの文字情報や、場の景色、絵などを数秒眺めるだけで記憶の中に鮮明な写真として焼き付けることができた。幼少期から発揮されたこの能力のお陰で、アケチは当初周囲の人間から神童扱いを受けた。それも当然だろう。子ども向けの辞書を丸呑みするかのように暗記してしまうのだ。

 目の奥の窓を開いて胸の底にあるボタンを押す。すると「カシャッ」とシャッター音がして目の前の文字や絵はアケチの心に記録されるのだ。今ではお目にかかる機会がなくなってしまったフィルムカメラだが、アケチの心の中では今でも絵を切り取るシャッター音が聞こえている。能力の発現と音のイメージがアケチの中で強く結びついているのだろう。

 しかしながらアケチが天才少年でいられた時間は短かった。長ずるにつれてそれが超ハイレベルな暗記芸に過ぎないということが分かってしまったからだ。辞書を丸呑みするほどの記憶力があっても、その知識を素早く適切に処理する能力がなければ、世間は真の天才とは認めない。

 アケチ家の長男長女末娘は天才であり、次男は特殊能力に恵まれただけの凡才。それがアケチ家を知る者たちの評価となっている。リーダーとしての素質に欠ける少し扱い辛い青年。少し風変わりなアケチ家の異分子。それが周囲のアケチ評価だ。

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