アケチの肖像
朝のカフェで人間観察を行い、時には観察対象の尾行や、対象者の所持品を確認するために窃盗までする(しかもその手並みの鮮やかさは本職の掏摸に引けを取らない!)青年アケチ。彼は一体何者なのだろうか。
ここで少し彼の生い立ちについて触れておこう。アケチ・ショウゴ。十九歳。京の名門である第二帝国大学、御所大学法学部に通う大学二年生である。法学を学ぶ学生であるにもかかわらず、アケチはいささか遵法精神に欠けるタイプの人間ようにも思われる。何しろアケチは赤の他人である誰かをこっそり尾行することも、掏摸行為を行うことも一向に意に介さない様子なのだ。
アケチは20**年12月10日兵庫県内の中核市内で、父ユウゴ、母サナエの次男として生まれている。アケチ家は代々続く資産家であり、父のユウゴは地方銀行の頭取を務めており、母は音大の教授を努めている。ただし両親ともに生活費を稼ぐために働くという意識は希薄で、父は仕事をアケチ家に生まれたものの努め、義務だと考えており、近い内に祖父が代表を務める投資コンサルティング会社を引き継ぐことになるだろう。母は好きな音楽で社会貢献、後進育成ができるならそれで良いと考えている。共に自身の給料の額はあまり気にしたことはなく、ユウゴは社会情勢や経済動向、財政界のパワーバランスが、サナエはパーティーの予定や芸能ゴシップが気になるタイプである。
アケチ家の子供たちは、幼少期から株や投資について教育を受け、資金やノウハウを与えられて取引や運用を行い、実地で金儲けとは何たるかを学びながら育つ。アケチ家の資産とその影響力を維持しながら後世に伝えていくための家庭教育を、幼少の頃からたっぷりと施されながら育つのだ。つまりアケチは経済的な面はもちろん、学びや機会や経験の場にも恵まれた家庭環境で育ったこということだ。
ではアケチ青年のやや社会不適応者的とも言える振る舞いはどこに原因があるのだろう。親の愛情や親子のふれあいを物質的に捉えがちな富裕層家庭にありがちなように、親の知らぬ間にねじ曲がり、歪んだまま育った恐るべき子どもの一人なのだろうか。
残念ながらアケチの表情や態度に時折滲む翳の原因はセレブ病などではない。アケチが纏う目に見えない翳や棘の原因はもっと単純なところにある。簡単に言うとその原因はコンプレックスだ。
彼には兄妹がいる。五つ年上の兄と三つ上の姉、それに二つ下の妹かいる。アケチは四人兄弟の三番目、次男ということになる。
幼い頃からの教育のせいなのか、それとも血筋のせいなのか、アケチ家の人間は皆頭脳明晰な者ばかりだ。曽祖父、祖父、父、子供たち皆御所大学に現役で合格している。高校三年生であるアケチの妹も模試の結果を見る限りまず間違いなく受かるだろう。家を守る事を使命と考える彼らは、地元の御所大学に進学することのメリットが大きいと考えているが、もし仮に第一帝国大学、帝都大学を受験しても当たり前に皆合格したに違いない。
つまりアケチ家の子供たちは皆優秀なのだ。学力だけではない。長男のユウヤは大学時代はアメリカンフットボール部に所属し主将として学生日本一に二度輝いている。長女のサユリはバドミントンでインハイ、インカレを制覇しているし、末娘のハルナは陸上110mHの高校記録保持者だ。
文武両道。そして眉目秀麗。アケチ家の子供たちは学校のスター、キングとクイーンであったのだ。ただし、アケチを除いてはーだが。
アケチは幼少の頃から一人遊びの好きな子供だった。幼稚園、小学校と進むにつれて、彼の人見知り癖、対人コミュニケーションを苦手とする気質は明らかになっていき、ユウゴとサナエは少し声を低め愁眉を寄せながら、次男の社会性の無さを嘆いた。




