地下鉄で通う女5
角を曲がったアケチが突然パッと身を翻して電柱の陰に身を寄せる。ほとんど同時に女性が後ろを振り向いた。背後を確認した女性は変わらぬリズムで歩みを続け、公園の中に入っていく。どうやらアケチの尾行はバレなかったらしい。
アケチは遠ざかる女性のヒール音を聞いていたが、やがてそろりと電柱の陰から顔を覗かせ、女性の後を追って公園へ向う。
早朝の公園。人影はまばらだ。犬を散歩させる者。父親とボールを蹴り合うサッカー少年。元アスリート風の体つきをした父親があれこれアドバイスを送っている。その練習風景をのんびり眺める老人。朝の散歩の途中のようだ。早足に公園内を横切っていく者たち。出勤途中なのだろう。時折中高生も通る。部活の朝練らしい。
女性は歩調を緩めながら公園内を歩いている。それを遠目から見つめるアケチ。女性は急ぐもなく、かといって散策を楽しむような気配も無く、公園内にある公衆トイレに入った。
女性はトイレに入る際再び振り返って背後を確かめた。かなり広い公園である。アケチは公園の端、道路沿いに植えられたイチョウの樹の陰からそっと女性を見守っている。
しばらくして入口に姿を現した女性。彼女は周りを気にする素振りを見せると、そのまま入り口の反対側に姿を消す。反対側には青い丸と下向き三角形を組み合わせたマークが表示されている。つまり男性トイレだ。
二分と経たずに女性はトイレから出てくる。そしてトイレから少し離れると、木製のベンチの表面をハンカチで払い腰掛けた。
さて、この女性の行動は何を意味するのだろう。用を足すなら女性用トイレで十分なはずだ。なぜわざわざ男性用トイレに入る必要があったのだろうか。何か探し物でもあったのだろうか。それとも身なりこそきちんとしているが、人には言えぬ倒錯的な趣味でも持っているのだろうか。
女性はベンチに腰掛けてトートバッグを傍らに置き、スマートフォンを取り出すと画面をなぞり始める。アケチはゆっくりとイチョウ並木の陰を移動しながら女性に近づく。
女性の手元のスマートフォン。カバーの色は赤。先程電車内でアケチがスリ取った物とは別の端末のようだ。小さなキラキラ光るチャームが取付けられている。
アケチはごくさり気なく女性の前を横切ってトイレに向かう。トイレに入り普通に小用を足すと、手を洗って外に出る。女性の視線がチラとアケチに向けられる。アケチは再び女性の前を横切ると公園の反対側まで歩いて行き、ベンチに腰掛ける。アケチもモッズコートのポケットからスマートフォンを取り出し指先で弄び始める。
二十分ほど経った頃だ。女性はスマートフォンをバッグにしまうと、今度は黒いカバーのスマートフォンを取り出した。アケチが電車内でスリ取った端末に違いない。艶々とした光沢のある黒革のカバーには四角いダイヤ型をした大小の鋲が打たれている。女性は画面を開いて画面をなぞっていたが、一分としないうちにカバーを閉じてスマートフォンをバッグにしまい込んだ。
ベンチから立ち上がる女性。トートバッグを肩に掛け歩き始める。アケチは公園を出て行く女性をそのまま見送る。もう後をつけるつもりはないようだ。
アケチはスマートフォンを耳にあてがう。どこかに電話しているようだ。電話の相手に何かを告げるとスマートフォンをポケットに突っ込んで立ち上がる。アケチは少しぬるくなってしまった缶コーヒーを開けると、甘ったるいコーヒーをチビチビやりながらもと来た方へ戻り始めた。




