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探偵アケチの黙視録  作者: Nino
微笑む死体の作り方
4/12

地下鉄で通う女3

 アケチは軽やかな足取りで人の波に乗ると、ヒラリヒラリと前を行く通勤者たちをかわしながら地下鉄駅への降り口へ向かった。

 それにしても軽やかで美しいステップワークである。アケチは大勢の人が早足に移動する流れの中を、相手に袖先一つ触れることなく巧みに移動していく。その姿は気短で活力に溢れた若者の姿そのものだが、髪の毛一本とて相手に触れまいとするようなアケチのそれは、どこか潔癖症的なこだわりも感じさせる。

 アケチは地下へと降りる階段の手前でスピードを落とす。安全に考慮したわけではなく、どうやら急ぐ必要がなくなったらしい。追いかけていた観察対象に追いついたようだ。

 アケチの前を行くのは三十歳前後の雰囲気をまとう女性だ。艶のある生地のダークスーツ姿。タイトなスカートからはほっそりとした足が伸び、足元にはイタリア製と思しきヒールを決めている。左手首にスイス製の高級時計。耳には銀の十字を象ったピアス。最近流行りの大きな蝶を思わせるサングラスを掛け肩から仔牛革のトートバッグを下げている。

 人の流れに乗って階段を降りる女性。アケチはピタリと後ろについている。といっても痴漢や盗撮といった怪しい性犯罪者のような不自然な挙動は見られない。

 階段を降り、地下鉄の入口が見えてくる。女性は足を止めないまま、肩から下げたトートバッグをチラと覗き込み、中からスマートフォンを取り出す。スマートフォンを自動改札にかざして駅の中へ。アケチは淀んだような埃っぽいような独特の地下鉄臭が気になるのか、若干顔を顰めながら飴色に染まった財布を自動改札にかざす。アケチは女性の後ろに張り付いたままだ。

 女性はヒールを小気味良く鳴らしながらホームを歩き、比較的人が少なそうな乗車待ちの列に並んだ。幸いなことに女性は女性専用車両には並ばなかったので、アケチは何食わぬ顔で女性の後ろに並ぶ。

 ちなみに朝の地下鉄には大勢の痴漢や盗撮行う窃視症患者、スリなどが紛れ込んでいるらしい。ピーク時には身動きすら難しいほど混雑する車内である。混雑し揺れる車内では、余程露骨な触り方をしない限り痴漢行為を断罪するのは難しいし、スリにとっても理想的な職場環境と言える。

 注意喚起のアナウンスが流れ電車がホームに滑り込んでくる。車内にはすでに結構な人数の乗客が乗っている。電車の扉が開く。五六人の乗客が降り、列をなした乗客が車内に流れ込む。

 通勤通学の客で満たされた車内。身動きも取れないほどではないが、靴先やカバンの角、肩口や背に他の客が触れるのを常に感じる混み具合である。

 アケチは女性の斜め後ろに立ち、車内を素早く観察する。痴漢や掏摸、また彼らを見張る私服警官がいないか確かめたのだ。

 ガタンと音がして電車が揺れる。車内の客たちの身体が同じ方向に揺れる。アケチも一瞬バランスを崩しかけたが、足を動かすこともなく耐えた。

 するとどうだろう。身体を戻したアケチの手には魔法のようにスマートフォンが出現しているではないか。飾り鋲のついた黒い革ケースのスマートフォンは、先程女性が駅に入る際改札機にかざしたそれではないか。

 どうやらアケチは電車の揺れに合わせて身体を女性に預け、そのタイミングでトートバッグの中のスマートフォンをスリ取ったらしい。実に鮮やかな手並みである。ひょっとすると電車がどのあたりで揺れるかも知っていたのかもしれない。電車の揺れに合わせて不自然に思われることなく体を預け、バッグの中のスマートフォンを一瞬のうちに抜き取る。恐らくは他の客からも死角となるよう身体の位置も計算されていたのだろう。

 アケチは何食わぬ顔でスマートフォンのカバーを開き中を素早くチェックすると、スマートフォンをパンツのポケットに入れ、画面とカバーをハンカチで拭った。

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