拾ったのか?選ばれたのか?
「何が臆病だ。当てずっぽうにもほどがある」
ムッとした表情を浮かべ吐き捨てるように言うアケチ。怒りに仮面が外れ素顔がのぞきかけているようだ。
「当てずっぽうなもんか。目を見ればそんなの分かるよ。僕はそうやって生きてきたんだから」
そういうヒロの口元は不満げにすぼまっているものの、目は少し怯えた小動物のように揺れている。
「ねぇお願いさ、先生の家に連れってよ。何なら録音してくれてもいいし一筆入れてもいい。僕が無理やり押しかけるんだ。ね?お願い」
ヒロはつぶらな瞳に涙を溜めて懇願する。アケチは思わず大きくため息をつく。
「全くツイてないなー お前の家は?」
「連れてく気?」
ヒロに警戒の色が浮かぶ。
「夜まで付き合ってやる。だからちゃんと家を教えろ」
「本当!?」
微笑んて目が細められた拍子に涙が頬を流れ落ちる。
「嘘は言うな。嘘ついても分かるからな」
ヒロはホッとし表情で涙を拭いもせず桜色の唇をほころばせる。
「中屋敷町だよ」
ヒロの告げた町はここからさほど遠くない。ヒロの友人が着ていた体操服の校章は洛星第一中学校のもの。学区内には中屋敷町も含まれる。
「分かった。来い」
アケチはヒロを連れて地下鉄の乗り口へ。金を持っていないヒロのために切符を買ってやる。ヒロは「ありがと」と礼を言った。
地下鉄を降り、しばし歩く。
「ねぇ先生、ここなの?」
アケチは何も答えず、喫茶店のドアを開ける。喫茶ルアーブル。先日京都警察のナミコシ警部と出会った喫茶店だ。
幸いカウンターの奥に立っていたのは先日名刺をもらったマスターだった。マスターは「おや?」という表情でアケチに会釈する。
「いらっしゃいませ」
アケチはカウンター席に腰掛ける。当然のように隣にヒロが座った。
「警部に連絡してくれないか?ちょっと困ったことになって」
と、横のヒロをチラと見る。
「家庭でDVを受けている中学生を拾ってしまって。困ってるんです」
「拾われたりするもんか。僕のほうが先生を見つけたんじゃないか」
ヒロがプッと頬を膨らませて抗議した。マスターはヒロの顔を見て事情を察したようだ。
「警部にメールを入れますから。ブレンドでよろしいですか?」
と聞く。アケチは頷きかけて、
「今日はモカで」
と告げた。
「お嬢さんは?」
ヒロはパッと笑顔になり、
「オーレをお願いします」
表情の切り替えが早さといい、時折目に浮かぶ不安げな色といい、どうやらヒロも普段は仮面をつけて生きているらしい。同族であるアケチにはすぐにそれが分かった。
程なくしてアケチの携帯が震える。ナミコシ警部からのメールだ。
『夕方アケチ先生のご自宅をお尋ねします。その子はその際に私が引き受けましょう』
アケチはため息をつきながら珈琲を口に運ぶ。するとヒロがアケチの脇をちょいちょいと突く。その絶妙な力加減にアケチは思わずのけ反りそうになる。
「ねぇー お金持ってる?僕持ってなくって」
どうやらオーレ代のことを気にしているらしい。
「お茶ぐらい奢ってやるがー それにしても躊躇いもなくオーダーしたな」
「だってあの場で僕はお金持ってませんから結構ですなんて言えないよ」
ヒロは安心したのか湯気の立つカップを両手で包むと目を閉じてオーレを啜る。
「美味しい」
そう言ってアケチに微笑む。アケチはその微笑に若干動揺しつつモカを慌てて飲む。
結局飲み物を飲み終えたアケチの行先は自宅しかない。先日もらったコーヒー券で支払いを済ませ、内心ツイてないなと考えながら店を出る。
地下鉄に乗り自宅へ。後ろめたいことはないと自分に言い聞かせるが、自宅へと歩く道すがら、人目が気になって仕方なかった。
「わぁ、ここだね?先生」
アケチが鍵を開けると、脇をすり抜けたヒロが室内に走り込む。
「お、お、おいー なんだよもう」
アケチは慌てて室内に入り、ちょっと躊躇してから内鍵を掛けた。




