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探偵アケチの黙視録  作者: 弐乃
落ちる警官
32/34

観察と被観察

 異相の警察官、ナミコシ警部からの依頼を受けることにしたアケチ。翌日は学生の本分である授業を受けるために大学に赴き、三つほどの授業を受け、知り合い数人に挨拶をし、構内のカフェでお茶しようという誘いをどうにかかわし、かつて名前だけ参加したミステリー同好会の部費を徴収された挙句、もっと真面目に会の活動に参加しろと責められ、這々(ほうほう)(てい)で帰宅の途についた。

 そもそも授業で教わる内容は教科書を丸暗記しているアケチにはほぼ無意味であり、退屈で無駄な時間であったが、大学生という名の高等遊民の立場を守るためには仕方がない。

 しつこくカフェに誘ってきたのは、アケチのことをよく知らない同学部の女生徒たちで、アケチの外見を見てかねてから機会を窺っていたらしい。そのうち周りの学生から「あの人変わり者だから」と耳打ちされ、アケチにつきまとうのをやめるだろう。

 大学を離れ、友人知己のほぼいない場所まで来ると、アケチはようやくホッとし息苦しい仮面を脱ぎリラックスすることができた。視線過敏症と言っていいほど周りの目を気にしてしまうアケチは、なかなか他人の前で仮面を脱ぐことができない。他人を観察することが好きであることの裏返しであるのかもしれない。

 広いガラスの牢獄に裸で入れられ、道行く人の好奇の目に晒され続けながら生きる。これがアケチにとっての悪夢、最悪の拷問である。時折見るこの夢はアケチの仮面をより分厚い強固なものにしていた。

 アケチは手近な自動販売機で甘い缶コーヒーを買う。喫茶店のコーヒーの味にうるさい割には、自販機の缶コーヒーも平気で美味しく飲めるアケチであった。

 缶のプルトップを開け、砂糖たっぷりのコーヒーを楽しんでいると、ふと見られている感覚を覚えて周りを見回すアケチ。曇り空のためサングラスをかけ忘れていることに気づき、リュックから素早くサングラスを取り出し顔を覆う。

 道路を挟んだ反対側。T字路の角の花壇の縁に腰掛ける中学生くらいだろうか、仔鹿のように澄んだ大きな目でこちらをジッと見てくる。

 そのあまりに遠慮のない視線の投げ方に、アケチは自分の背後に誰が知り合いがいるのかと振り返ったほどだった。

 髪は黒髪のベリーショート。スッキリした卵型の輪郭に大きな目とスッキリした鼻、形よい唇がバランスよく配置されている。今日の空模様のような明るいグレイのミニワンピース。ヴァニラアイス色の手足はすんなりと伸びて傷一つ、産毛一本も見えず、滑らかな陶器のよう。足元は黒いキャバスシューズに白いソックス。首元には白いシルクの布を巻いてサクランボの形のブローチで留めている。ワンピースと同色のサコッシュを斜め掛けしている。

 アケチは遠慮なく視線を投げてくる相手の意図を理解できず、チラチラと観察を続けながら缶コーヒーを呑んだ。

 最後の一口を飲み終え、空き缶を回収ボックスに放り込む。相手はまだアケチを見ている。こっそりとではなく、あからさまにアケチに顔を向け、瞬きもせずジッと見つめてくる。


 あぁー そういうことかー


 アケチは相手の視線の意味が分かった気がした。一瞬迷ったが、アケチは道を横切って花壇へ向かった。五十センチほど空けて腰掛ける。

 一瞬の気まずい沈黙。相手は隣に座るアケチを見ている。その顔に戸惑いや不審者を見る嫌悪感は全く無い。

「誰にやられた?」

 アケチは前を向いたまま尋ねる。相手は無言だ。

「学校の友達か?それとも親か?」

 相手の呼吸に若干の乱れが生じる。

「そのアザ、殴られたのか?平手打ちか?」

 相手の視線が揺らぐ。細くて長い指が口元を触る。その指先にほんの少し、ファンデーションの色が着く。どうやら口元のアザを化粧で隠していたようだ。

「服のしたにも同じようなアザや傷があるのか?」

 相手は寒さを感じたように両腕で自分の肩を抱いた。

「警察に知り合いがいる。必要なら紹介する」

 相手の目に微妙な色が浮かぶ。小さく息を吐く音がした。どうやら笑われたようだ。アケチはこれ以上関わる気もなく、立ち上がろうとした時だ。

「ヒロ!」

 背後から鋭い少女の声がした。

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